ホクレア妄想捏造設定文
#+C #十六夜
十六夜は戦いを好まない。ホクレアとして一応武術の心得はあるのだが、進んで武器を手にしようとはしない。
だから今日も十六夜は狩りに参加せず、薬草を摘みながら皆の帰りを待っていた。
ホクレアは一人で歩けるようになるとすぐに、簡単な体術と一通りの武器の扱い方を習う。そしてある程度体が成長してから、各自適した武器を選んで鍛練する。この頃から、周りの大人が許可すれば狩りへの参加を認められる。
狩りに出られる子供は決して多くはない。だが大半は同行を望む。動機は主に好奇心だが、実際の狩りを間近で見、自身も経験を積むことで彼らは一人前になっていくのだ。
しかし十六夜はそれを望まなかった。
狩られる兎や鹿が可哀相だなどと、そんな甘えたことを考えていた訳ではない。そうしなければ生きていけないことは幼いなりにもきちんと分かっていた。では何故かと訊かれたなら、彼は答えただろう。好きじゃないから、と。
ホクレアの集落は概して40人程度で構成される。狩りの際は、狙う獲物や規模にも寄るが住民のほとんどが森へ繰り出し、ほんの数名だけが留守を預かるようになっていた。
物心つく頃から叩き込まれる『働かざるもの食うべからず』の原則に従い、狩りの間、留守番の者は家や仕事場で各自の仕事をこなし、或いは集落の周辺に出て食糧を集めた。収穫の大半は茸や小さな木の実なのだが、十六夜が主としたのは薬草の採取だった。
昔から十六夜は、武器を振るったり動物を追って地を駆けるよりも地に生えた植物の方に興味を示した。同じく留守番の常連であった老薬師に師事し、多くの知識を得た。そして師の手伝いをしながら、怪我や病の治療方法を習っていた。
今では十六夜も知識を与える側だ。まだ狩りを許されない子供達を野山へ採取に連れて行き、全員を無事に連れ帰る。そして収穫物の選別をしながらひとつひとつ、それが食用か否か、薬か毒か等を子供達に教える。これが十六夜の仕事のひとつだった。
早々に狩りの場から離れてしまった十六夜は、当然ながら戦闘能力はほかのホクレアより劣っている。彼自身も、戦いに於いて自分が足手まといになることは良く理解していた。
だがホクレアは巫とそれを守る戦士の一族である。巫でないのならば不得手であろうが戦わねばならないと主張する者もいた。何しろ十六夜のような子供は、前例は無きにしもあらずだが極端に少ない。十六夜は護身術程度の鍛練は続けていたが、ほかの子供と比べられると軟弱と謗られてしまうのも無理はなかった。
幸いだったのは、それが多数派でなかったことだろう。強い戦士となるに越したことはないが、役割さえ果たすなら無理に戦わせる必要はない、と言ってくれた者がいた。十六夜が薬師に学んでいたこともあり、彼を庇ってくれた者も少なくなかった。十六夜はやや異質であったが孤独ではなかった。皮肉をぶつける者は今でもいるが、それにいちいち傷付いていられるほど脆弱ではない。薬師の助手として住民の怪我や病に治療を施すうち、ほとんどの仲間は彼の生き方を認めてくれるようになっていた。
十六夜は生来穏やかな性格であり、世に言うところの平和主義者である。同族同士に留まらず、石の都の民に対しても武器を取ることを良しとしない。このため、特に好戦的な者たちとは衝突することもしばしばあった。
何故か、と問えば、彼は答えるだろう。好きじゃないから、と。多くはそれを言葉通りに受け取り、納得した。
怪我をすれば痛い。病にかかれば苦しい。それはホクレアも、他の種族も、他の動物でさえも皆同じことだ。ごく当たり前のことだが、きっと十六夜はそのことを誰よりも良く知っていた。実際に多くの怪我や病に触れ、その苦痛を間近で感じたからかもしれない。患者が痛がると釣られて痛そうな顔をしていた幼い十六夜に、師は笑いながらよく言っていた。他人の痛みに共感できることは確かに重要だが、それだけでは足りないぞと。
戦って傷付くのが当人だけであったなら、彼は諌めこそすれ、今ほど強く反対はしなかっただろう。しかし、一人だけでは戦いは起こらない。故に傷付くのは少なくとも当人と相手、多くの場合それだけでは済まない。それを分かっているはずなのに、まるでそのときだけは綺麗に忘れたように相手に武器を向ける。ほかのホクレアはごく自然にやっているように見えたそれが十六夜にはできなかった。
傷付くのが自分だけであったなら、十六夜は躊躇わずに戦えただろう。だが仮に敗れるのが自分だとしても、多少なりとも相手を傷付けてしまうことには変わりない。どうしても苦しむ相手の姿が脳裏に浮かんで、武器を下ろしてしまうのだ。
多少の諍いはあって当然と思っているし、生きていくために戦いを強いられる状況があることも承知している。彼が“好きじゃない”のは、自分の都合で他者を傷付けてしまうことそのものだった。
真意に辿りついたある者は優しいと言い、ある者は甘いと言った。
ある者は、理解できる気はしないが、そういうのも好きだと言った。
十六夜は顔を上げ、ふう、と息を吐いた。
小さめの籠は薬草でいっぱいになっている。日が傾き始めていた。
ふと森の方へ目を遣ると、ちょうど狩りを終えた一団が戻ってくるところだった。おーい、と呼びかける声に手を振って答え、先に集落へ戻ると合図を送った。
春になったとはいえ、日が落ちると急激に冷える。夕飯にはまだ少し早いが、何か温かいものを用意してもらおう。一団のにぎやかな声を背にして微笑みながら、十六夜は早足で集落へ向かった。
------------------------
当時ホクレアの公式資料がほとんどなかったので
主に十六夜についての妄想捏造設定。
十六夜薬師設定は割と後の作品にも引きずってます。
2011/05/12