Nachtfalter
#空の軌跡 #アガット×ヨシュア #R18
ふふっ、と小さな笑い声が暗い部屋に響いた。
「さすが、立派ですね」
「……ッテメ」
滑らかな手つきで猛りたつ幹を撫で上げ、くちづける。苦し紛れに睨みつけても、妖艶な微笑みを返されただけだった。
「アガットさん、今晩、ちょっと付き合ってもらえませんか?」
夕方、橙色の街中で、三つの影が長く伸びていた。
「なんだ、手合わせか?」
「はい、良かったら」
何もおかしなことはないはずなのに、ふと違和感を感じてアガットは眉をひそめた。長い亜麻色のツインテールを揺らし、一行の先頭を歩いていたエステルが振り向いた。
「明日の朝にすれば? あたしもう疲れちゃったし……今日は早く寝ちゃおうよ」
「それなら君は先に休んでいてよ。無理に付き合うことはないから。……それでアガットさん、お願いできますか?」
「ああ、俺は構わねえが」
それを聞いたエステルは眉間に皺を寄せ、目を半開きにしてみせた。
「はー、さすが体力馬鹿ね」
「勝手に言ってろ貧弱娘」
「誰が貧弱よっ!」
アガットは涼しげに表情ひとつ変えない。それが余計に癇に障ったエステルが棍に手をかけると、慣れた様子でヨシュアが割って入った。
「止めないでヨシュア、たまに一発くらい殴ったって罰は当たらないと思うの」
「エステル。ほら、疲れてるんだろ。ホテルに戻って休もう」
なだめながらエステルの背を押し、ヨシュアは早足に歩き出す。そして振り向きざまにこう声をかけた。
「それじゃ夜になったら、僕の方から行きますね」
ヨシュアは普段と変わらぬ穏やかな笑みを浮かべていた。
思えば、あれに騙されたのだ。手合わせが目的でないことまでは読めたが、よもやこの優等生面の少年が、こうもぶっ飛んだことを考えていようとは。
約束通り、その夜ヨシュアはアガットの部屋を訪ねた。アガットはちょうど武器の手入れを終えたところで、中へ入れられたヨシュアは質素なベッドに横たえられた大剣を見てぽつりと言った。
「やっぱり、ばれてましたか」
「完全にじゃあないがな」
適当な椅子を勧め、アガットはベッドの縁に座って大剣を手に取った。
「わざわざ何の用だ」
きらりと蝋燭の灯を刃に映す。片目を瞑って端から端まで目をやると、琥珀の双眸が刃の途中に映っていた。いつもの微笑みはない。
「……お願いしたいことがあります」
そんなこったろうと思ったぜ、とアガットは鼻を鳴らし、刃を鞘に収めた。
「言ってみな」
「僕とセックスしてください」
「寝ぼけてんのか?」
「起きてますよ」
「なら何の冗談だ」
「本気です」
アガットがあからさまに顔をしかめても少年は穏やかな表情を崩さない。しかしその両眼は微かに金色の光を放っていた。本気の眼。短い付き合いだが、アガットはその眼を見たことがあった。飲まれまいと視線を外して立ち上がる。
「生憎だが、男とやる趣味はねえ」
「それを聞いて安心しました」
「お前な……」
剣を寝台の脇に立てかけ、アガットは盛大に溜息を吐いてみせた。
「大体、なんでわざわざ俺なんだ? そりゃこの辺には色屋はねえが、あの小娘がいるだろうが」
恋人なんだろ、と続けて言う。途端にヨシュアの目から光が消えた。
「僕が、エステルを?」
感情のない声。地雷を踏んだかとアガットは身構えたが、たった一度瞬く間に、ヨシュアはくすくすと笑っていた。
「……そんなこと、出来る訳がない」
人は太陽には触れられない。影なら尚更だ。手を伸ばす前に、向き合うだけで掻き消されてしまう。
彼女を汚すことは許されない。それはヨシュア自身も例外ではない。ふっと自嘲の色になった琥珀は、すぐに伏せて覆われた。
「それに、僕はネコなので」
「はあ?」
「アガットさん。僕は、誰でも良くてあなたの所へ来たんじゃありません」
すう、と瞼が開く。琥珀色の奥から射貫くような光を、アガットは直視してしまう。しまった、と思うより先に、彼の思考は一時停止した。
金色の魔眼が、一歩近寄った。
「あなたが好きだから。」
わざとゆっくり、言葉を刻み込むように。
「あなたに触れたいから。」
瞬きも出来ず立ち尽くす青年の、頬の傷痕に触れた。
「あなたに触れてほしいから。」
だらんと下がっていた大きな手を取り、掌を親指で撫でた。
一連の動きは緩やかで滑らかだった。アガットにとっては、まるでコマ送りでも見ているような奇妙な感覚ではあったが。
「……これじゃ足りませんか?」
少しだけ寂しそうにヨシュアは笑っていた。小さく揺れる蝋燭の灯を背にして影のかかった顔の中で、目だけが不自然なほどきらめいていた。
「……上等、だ」
乾いた舌と唇をどうにか動かし、やっとの思いで絞り出すように言う。躊躇いなく服を脱ぎ捨てる白い手を阻むことも、その手が自分の方へ伸びて来るのを拒むことも出来なかった。
その先は悪夢とも思えるような時間だった。
薄気味悪いほどに甘美で、背筋が冷たく痺れるほどに快楽だった。
「ん……ふ……っあぁ」
少年はずるずると男根を飲み込んで、ふるふると震えていた。じわりと、眦に光る雫が滲み出す。
「は、あっ……ん……、すご……い……」
うわごとのような時間だった。
せわしい息。せつない声。揺れる体。潤んだ瞳。こぼれる雫。拭ってやりたくてもアガットの手は動かなかった。
ヨシュアはまるで独りでいるのと同じだった。人形に血が通っているか否か。
「キス、してもいいですか……?」
こうして確認しないと、本人ですら忘れてしまいそうなほどに。
アガットは頷いた。首は動いた。乾いた唇を潤すように、ちろりとヨシュアの舌が覗いた。
「アガットさん……」
金の瞳が揺らいでいた。蝋燭の火はもう消えている。カーテン越しの月光だけが明るめるこの部屋でも、十分に光を放つ琥珀の金色は熱っぽい。
悪夢とも思えるような時間だった。
薄気味悪いほどに甘美で、背筋が冷たく痺れるほどに快楽だった。
「……良かったのか、あれで」
「はい」
アガットの鼓動は未だに落ち着かない。行為が一度で済むはずもなく、全身が疲労に沈みかけていた。対するヨシュアにそんな素振りはない。見るからに満ち足りた様子でさえあった。
この野郎、とアガットは内心毒づく。体力には自信があるどころか、それが売りでもあるというのに。タフにも程があると、つい責めるような目を向けてしまっていた。
「僕は慣れてますから」
視線に気付き、にこりとヨシュアが笑った。もう瞳は落ち着いた琥珀に戻っている。それから少しずつ、申し訳なさそうな表情になっていった。
「すみません。すごく良かったから、抑えがきかなくて」
そうして目を伏せて恥じらう様子を、少しだけ可愛いと思ってしまう。女々しい、ではなく、可愛い。何を考えてるんだ、とアガットは自分に向けて溜息をつき、漆黒の髪をくしゃりと緩く掴んだ。
「……なんで、わざわざ俺なんだ?」
「さっき言った通りですよ」
無骨な手に触れ、ヨシュアは穏やかに微笑む。
「好きだから。一目惚れです」
「嘘だろ」
「そうですか?」
不審感を隠さない目でじとりと見据えられ、くすくすとヨシュアは愉快そうに声をあげた。
「好きです」
「……そうかよ」
オッサン、と行方も知れぬ恩師に向け、アガットは声に出さずぼやいた。
さすがアンタの息子だ。ろくでもねえ。
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Nachtfalter(独)…蛾
2011/06/15