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stringendo

​#+C #黒×赤 #雛鷹軸

「ごはんぬきだって」
 部屋へ戻るなり重い装備を外しながら、赤は唇を尖らしていた。がしゃ、と投げ捨て、頭布も外し、頭頂部にできた瘤を摩る。
「……そうか」
 既に装備を外し、軽装で待機していた黒は寝台に腰かけたまま表情を変えない。あれだけの失態が食事を一度抜かれるくらいで済んだのだから少しは喜んでも良いものを、黒はどこか上の空だった。
「なあ」
 ずい、と赤は詰め寄って顔を覗き込んだ。
「そんなに良かったか? あいつ」
 ほんの僅か、黒の肩が揺れたように見えた。
「あいつって……」
「あーはいはい、わかったわかった」
 ひらひらと手を振って、赤は自分の寝台に寝転んだ。頭の下で手を組み、ぼんやりと天井を眺める。
「俺にはわかんねーな。やっぱり、やんなら女がいい」
 赤には経験があるのだろう。黒は否定も肯定も出来ずに赤の方を見ている。
「……俺でもさ、ちょっと大人しい顔してりゃ釣れるんだぜ」
 ぼそりと呟かれた言葉に、何の話かと黒は首を傾げる。赤は独り言のように続けた。
「男の何がいいのかね。お偉いさんの考えることはわかんねーよ」
 言い捨て、ふんと鼻を鳴らす。さも自分は関係ないと言わんばかりの態度に黒は口を出していた。
「でもお前は先生と……」
「馬鹿、あれは訓練だろ」
 言葉を遮り、赤は寝返りを打った。今度は壁に向かってまた独り言のように愚痴る。
「流されるな、ってそればっかりだし。……キスとか、してくれねーし」
「してほしいのか?」
 赤は口の中で何か言った。もごもごと不明瞭で黒には「馬鹿」の一単語しか聞き取れなかったが。
 黒は立ち上がり、赤の寝台の縁へ移動した。ちらりと赤がそちらを窺い、また壁に視線を戻す。
「……なんだよ」
 少し気まずそうな声に答えることはせず、黒は身を屈めてその頬にくちづけた。ちゅっ、と軽い音がして、赤の両目が丸くなってから半開きになる。
「お前にされたって嬉しくねーし」
 赤は相手を見ずにぼやいた。どんな顔のどんな目が自分を見ているか、先程の行為から思い出すと嫌な鳥肌が立つ。
 すい、と黒は寝台に上がる。意外にも頑丈な寝台は軋まなかった。傍から見れば黒が赤の上に馬乗りになっているのと相違ない。
 明らかに先生を想う赤を見て、ほんの少しだけ妬ましくなった。こっちを見ろと言いたくなった。ほら、お前の目の前にいるだろう。
「赤」
 名を呼び、指の背の方で頬に触れる。わざと優しく、なぞるような手つき。
「……黒」
 抑えた声には僅かに迷いがあった。けれど明るい色の瞳は昏く、射貫くような光を宿したまま。
 逸らすことも、頷くこともしない。視線はぶつかり、絡み、融け合った。
 ごろんと仰向けに転がるなり、赤は黒の頭を引き寄せた。掠めるように唇が触れて、確かめるように唇が触れた。
 冷たくとも甘い、石畳での行為とはまるで違う。熱はある、その代わりに色がない。
 児戯には飽きたとでも言うような顔で赤が退屈そうに舌を割り込ませた。退かせないよう漆黒の髪を掴み、舌を口蓋へ伸ばす。黒は絡めとり、懲りずに攻め込む赤をやや乱暴に押さえ付けた。
 黒が舌を突き返して奥へ進めれば、抗いはしないが柔く歯を当てて刺激してくる。受け止めるのに受け入れない。甘い痺れとともに、苛立ちにも似た獰猛な感情がどろりと渦を巻き始めていた。
 ──あの人は拒んだ。お前は拒まないのに、受け入れてはくれないのか。
 ふたりの呼吸は荒く、吐く息は熱かった。時折途切れ、鼻にかかる、そのほかには一片の声もない。呼吸、衣擦れ、水の音。部屋にあるのはそれだけだった。
「は……」
 唇を、舌を離して赤は笑う。声は出さず、嘲るような視線を叩きつけて嗤っていた。
「ったく、色気のカケラもねー」
 頬は上気しているくせに、こう挑発的な態度を取る。やれるもんならやってみろと言外に誘惑する。赤は心底つまらないという顔をして、それでいて相手を、焚き付けるような強い目で見つめるのだ。
 熱い、熱い。焼け焦がされて醜い穴が空く。そんな風に錯覚するほど。
 再び唇を寄せた黒を押し退け、赤は勢いをつけて寝台から下りた。
「赤?」
「なんだよ、別に楽しくねーだろ」
 腹減った、と言いながら赤は大きく伸びをする。
「なんか買ってくる」
「おい、赤……」
 赤は振り向かず、そのまま部屋を出ていった。
 拍子抜けして、逃げられたなと思い、しかしすぐに首を振った。赤が逃げたのではない。黒が赤に逃がされたのだ。

 黒は眉間にきつい皺を寄せて、頭の形にへこんだままの枕を見つめた。
 鮮烈な赤い感情が腹の底に渦巻いている。温度のない黒色を塗り潰すように巻き込んで、燃えるような色に変えてゆく。
 今は冷徹に押し込めてあるが、黒はどちらかと言えば穏やかな人間であるはずだ。それが今はこんなにも激しく波立って、動揺する隙もないほどに荒々しく求めている。
 ──捩じ伏せてしまいたい。

 この感情に名前があるならば、それはきっと──
 

 

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『ちいさなサカナ』様の作品『手負いの鷹、雛鳥に襲わる』から黒赤に転んでみた。

​2011/07/03

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