平和主義者たちの緩やかな朝
#+C #天狼×十六夜
早朝、弱々しい光が差し込む部屋で十六夜は静かに目を覚ました。重い上体を起こして思い切り伸びをする。
「んー……っ、ふあ……」
ひとつ欠伸をし、腰を摩りながら隣に目を遣ると天狼はまだ眠っていた。寝顔は普段の彼よりずっと幼く見え、長い銀の髪が乱雑に広がっている。
手を伸ばし、ほんの少し指に掬う。綺麗だな、と思う間に銀糸は艶めいて滑らかに、さらりと流れ落ちてゆく。
──ほんと、綺麗な髪。もうちょっと大事にすればいいのに。
「……なーにニヤニヤしてんだか」
楽しそうな声がした。はっと我に返り十六夜が見ると、まだ眠たそうな目で天狼が柔らかに笑っている。急にばつが悪くなり、十六夜はぱっと手を離した。
「っ、ごめん」
「いんやぁ」
言いながら天狼は大きな欠伸をした。十六夜はそこから不自然なほど目を逸らし、退屈そうに転がる天狼に恐る恐る問うた。
「……ニヤニヤ、してた?」
「してた」
うう、と呻くような声が上がった。十六夜の顔は熱くなっている。無意識に長い前髪で隠していたが、その隙間から除く耳までほんのり赤かった。早々にこの場から逃げてしまおうかと十六夜が体を浮かしかけたそのとき、天狼が十六夜の前髪を摘むように触った。
「俺ちん、お前のも結構綺麗だと思うけどなー……」
ずるずると十六夜を毛布に引きずり込み、摘んだ髪を唇へ持っていきながら天狼は呟いた。そうして触れられると十六夜は更に赤くなり、慌てて天狼の指から髪を取り返した。
「先に手ぇ出したのそっちじゃん……」
「それは……、それは、いいから」
ふらふらと伸びてくる指を止め、十六夜は不安げに尋ねた。
「もしかして、僕、何か言ってた?」
「ん……綺麗な髪、とか……大事にすればいいのに、とか……」
「言ってたんだ……」
思わず顔を覆う。顔を隠しながら耳を覆う方法はないものか。そんなことまで十六夜は頭の隅で考えた。
だってこんなの、恥ずかしい。何か変だ。どこかおかしいんだ。だっていつもと違う、こんなの。
十六夜の手より少し大きな天狼の手が、優しく愛でるように頭を撫でている。普段の愛撫とは違うその感覚がくすぐったくて心地良かった。とくん、とくん、と心臓の動く音が聞こえる。ぴったりと密着したこの体勢では互いの鼓動が直に伝わる。十六夜の方が少し速い。自覚してしまうとまた、恥ずかしい。十六夜はどうすることもできずに、大人しく天狼に身を委ねていた。
そんな心情を知ってか知らずか、天狼は少し身を乗り出し、十六夜の額に柔らかく口づけた。いつだったか、ちゅーしたくなるデコだと天狼が言ったことがあった。
「なあ、十六夜」
「何……?」
「キスしてほしー」
「へっ」
「俺ちんまだ眠いし……」
ふわっとまたひとつ欠伸をして天狼は目を擦った。まるで幼子のように、無邪気で可愛らしい仕草に見えた。
「ね、眠いなら、いいだろ、別に」
「おやすみのちゅー……」
「ばか」
「いてっ」
ぴしりと細めの指が小さく天狼の額を弾いた。不満の声を上げ、天狼は離れるどころか強く十六夜を抱きしめた。
「ちょっ、天狼」
痛いと訴えても力は緩まない。十六夜はつい肩を押し返していた。
「んだよ、離さねーぞ」
「えぁ、その……そうじゃなくて……」
拗ねた天狼の台詞にまた恥ずかしくなりながら、十六夜は肩から手を離し、耳同士が触れるほど近くにある頭をつついた。
「これじゃできないから……」
天狼が驚いて顔を上げる。十六夜は微笑んでいた。頬を赤く染め、はにかんで手を伸ばし、寝乱れた銀糸をそっと除けて天狼の頬に触れる。しかし、そこで暫し逡巡する。早く、と意地悪く天狼が急かすと、ちょっと待ってと言って深呼吸をした。十六夜から口づけるのは初めてではない。それなのに十六夜は目に見えて緊張していて、天狼は思わず噴き出していた。
「なっ、天狼っ!」
くっくっと喉で笑いながら、天狼は起き上がってしまった十六夜を引き戻し、毛布を被って抱きしめた。
「悪い悪い」
「……いいから。早く、目、瞑って」
「ん」
十六夜がまた深呼吸をし、それからようやく唇が触れる。柔らかに甘やかに、十六夜が拙く触れるままに天狼は応じた。
やがて互いに指を伸ばし、絡める。頬を撫でる。髪を弄ぶ。名を呼び、吐息を交わす。それらはあくまで静かに、密やかに。二人は何度も触れ合った。
激しい行為より、こうした戯れの方が十六夜は好きだ。溺れれば渇く。この方が緩やかで、幸せで、心が満たされてゆく気がする。
「……天狼……?」
不意に天狼は唇ではなく額を合わせてきた。安らかに瞼を閉じて、溜息に乗せて呟きを零す。
「なんか……マジ眠くなってきた……」
今度は十六夜が噴き出す番だった。くすくすと肩を揺らして笑い、幼子にするように優しく頭を撫でてやると、天狼は甘えて頬を摺り寄せた。
「……今、かわいいって思ってんだろ……」
「うん」
「だってさー……すげー気持ちかったんだもんよ……」
天狼は一度大きく息を吐き出し、十六夜を抱きしめたままの体から力が抜けてゆく。
いつもなら覆い被さられていてもおかしくないのに。やっぱり今日は何か変だ。
部屋の中は随分明るくなり、外では鳥が鳴いている。けれど十六夜はふわふわした心地で、同時にひどく眠たくもあった。無防備な眠りに落ちてゆく天狼の額に口づけ、もう一度長い髪を撫でてから、十六夜も小さく欠伸をして目を閉じた。
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平和主義者たちの緩やかな朝
2011/07/17