蜷局の内
#空の軌跡 #ワイスマン×ヨシュア #R18
「おや、また新しいモノを覚えたね」
《白面》は愉快そうに言った。自分の上に跨り教えた通りに腰を振る、哀れな白い頬をゆっくりと撫でてやる。
「今度は誰だい?」
薄気味悪いほどの猫撫で声だ。それに呼応するように、乱れた漆黒の隙間から琥珀が虚ろに揺らめき、少年は薄らと唇を開いた。まるで主に操られる人形のように。
「……あなたには……かんけい、ない」
低く掠れた声だった。虚ろな目と対照的に、強い意思がそこには潜んでいる。
「ふ……これは、これは」
くっくっと喉を鳴らして男は笑う。鋭い蛇のような目が紅く煌めいた。
「私に隠し事かい、《漆黒の牙》」
無駄なことを。声には出さなくとも明らかにそう言っていた。優しげな笑顔と裏腹に、突き刺すような視線だった。
「本当にお前は……私を楽しませてくれる……ッ」
「──ア」
男のモノが容赦なく弾け、細い身体がビクンと大きく揺れた。少年はきつく目を閉じ、歯を食い縛って押し寄せる波に耐える。ぎり、と軋む音の隙間から苦しい呻き声が零れた。
「う……ぐ、ッ……ぅ……」
男が満足気に息を吐き出す。波が去ってゆくと、少年は自ら腰を上げて繋がりを断った。崩れるように、しなやかな肢体が寝台に投げ出される。忙しない呼吸のためか、細い喉はひゅうひゅうと微かに鳴っていた。
「苦しいかい」
わざと優しく、少年のモノに触れながら尋ねる。根元を戒める拘束具までべったりと濡れていた。その近くをゆっくり摩ってやると、細い身体は強張り、呼吸を詰まらせる。可哀想なほど──この男はそう思ったことはないだろうが──少年はひどく震えていた。
「苦しいだろう?」
「……はい……」
絞り出すような声で言いながら、少年は男の白く汚れたそれに口を付けた。一切の表情をなくした顔で、すべて男が教えた通りに。男はまた喉を鳴らして昏く笑った。
「そう、いい子だ……ご褒美をあげよう……ほら」
病的なまでに白い指先で、音を立てて留め金が外される。ぱちん、と勢いにほんの少し弾かれただけで声にならない叫びが上がり、少年自身の腹にも白濁が散った。
少年は定まらぬ拳にシーツを固く握り締めていた。男がその細い顎を掴み、視線をぶつけ、刺し貫く。妖しく、とても冷たい光だった。
「ヨシュア、おまえは私の人形だ。《執行者》である前に。……わかっているな?」
手が離れると少年は項垂れた。頷いたのかもしれない。男が悦の形に唇を歪める。がくりと、まるで本当に操り人形の糸が切れたように、深く折れた首はしばらくそのまま、男が身を清めて部屋を出てゆくまで顔が上がることはなかった。
《教授》の言葉は暗示。それは冷酷な執行者《漆黒の牙》に聡明な少年《ヨシュア・ブライト》の皮を被せる冷たい儀式。
水を浴びていた。あの目に比べれば、こんな冷水などぬるいものだ。何の変哲もないホテルのシャワールームで、頭から水を浴びながらヨシュアは安堵の溜息を吐く。
落ち着いた。あれほど渇き疼いていた身体が、たった一度の交わりで。
ヨシュアはそれを「満たされた」と捉える。ワイスマンが与えるものはすべて、何らかの形で彼の空虚を埋めるものだった。
もう何年になるだろう。不毛だとわかっていても、ヨシュアに拒むことは出来ない。そもそも拒絶の意思がなかった。一方的にせざるを得ない行為にも嫌悪を覚えたことがないのだから。それは生来のものか、作られたものなのか。分からないまま彼は人形として不具合なく動き、与えられるものをただ受け入れた。
快楽であれ苦痛であれ、何もないよりはずっとましだ。《教授》が直した心は空っぽのままで、何でも良い、埋めるものが必要だった。
しかし少年は心の充足など求めていない。彼の心はそういう風に調整されている。いびつに詰め込んだ心には多くの隙間がある。記憶操作を受ける前から、少年はそれを当然のこととして何の疑問も抱いていない。ワイスマンが思惑通り隙間に潜り込み、《聖痕》を植え付けたことにさえ。
《教授》が施した《教育》の一環として幼いうちから性行為を重ねたことで、少年の身体は既に快楽を覚えてしまっていた。だがワイスマンが人形遊びをするのは少年の欲求に応じるためではもちろんない。彼は戯れに愛でるだけ。自らの欲を満たすために人形を使うだけだ。
結局、ヨシュアは『主が与えるもの』に縋るしかない、哀れな人形に過ぎない。それでいて《教授》自身に対してはほとんど依存していない。驚くほど何の感情も抱いていない。それが人形としての《漆黒の牙》の本質だった。
どろりと眠りに落ちてゆく。数時間後に目を醒ましたら何も覚えていないだろう。違和感の残る身体を引きずり、仮初めの居場所へ戻ってゆくのだ。
太陽が顔を出す前に、誰にも知られずに、そうするのが正しいと思わされるままに。
「───……」
ふと零れたのは、果たして誰の名前だろうか。
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蜷局の内
2011/08/18