氷炭
#+C #ライツ×ロヴィスコ #R18 #氷プレイ
海の上にも夏は来る。もう暦を見ることも忘れていた一隻の船は、明らかな太陽の変化からそれを知った。
特に暑い日のことだった。風はなく、甲板は焦げ付くようで、船内にまで茹だるような熱気が漂っていた。
「……さすがにやってらんないわ……」
普段なら弱音など吐かないコーネリアも、医務室でひとりごちた。甲板で倒れ、運ばれてきた船員の手当を終えたところだった。
「しっつれいしまーす」
医務室の扉が開かれ、囚人服の青年が入ってくる。 コーネリアは途端に医長の顔になり、ずり落ちていた白衣の袖を捲り直した。
「どうしました? 体調が悪い?」
「いや、俺は大丈夫なんだけど、船長が見当たんなくて……医長さんなら知ってんじゃないかって言われたからサ」
ああ、と思わず苦い表情を浮かべてコーネリアは言った。
「……船長はライツのところへ行ってるわ」
青年は何を察したのか、少し下卑た目になると、楽しそうにニヤリと笑った。
「ふーん……この前もお手柄だったし、気に入ったんすかねえ」
「……まさか。あいつが寝てばかりだから様子を見に行っただけよ」
患者でないと判明した途端に冷たくなったコーネリアの顔を覗き込むようにしながら、へらりと青年は笑ってみせた。
「もしかして医長さん、まだ俺たちのこと気に入ってくれてないんすか?」
「気に入る訳ないじゃない」
「手厳しいなー」
「ほら、油売ってる暇があるなら仕事に戻って」
「へいへい、可愛くねえの」
青年を医務室から追い出し、コーネリアは扉を殴りつけた。
あの変態ウサギ。どうせただの昼寝に決まっている。なのにあの人ときたら、熱中症かもしれないと本気で心配して、様子を見に行ってしまった。私が行くと止めたのに、自分の部屋だし、何かあったら困るからって。わかってない。馬鹿じゃないの。私が気付いてないとでも思ってるの?
気に入らない。あいつも、色目を使ってくる仲間の奴らも。医術師として患者には分け隔てなく接するけれど、そうじゃない私は一人の女なのよ。気に入らない。ああ、全く、気に入らないわ。
同刻、ロヴィスコは自分の寝室のドアをノックした。
「ライツ、いるか?」
不機嫌そうに呻くような返事があり、それを確認してからロヴィスコが部屋へ入る。
囚人牢を出たライツは船長室をいたく気に入ったようで、しばしば勝手に入り込んではソファや寝室のベッドに寝転がり、昼寝をしていた。
「なんか用かよ……?」
のろのろと体を起こし、髪を掻き回しながらライツはじろりとロヴィスコを見る。 眠りを妨げられるのが気に入らないのだろう。寝起きはいつもこうだった。
ロヴィスコは悪びれる様子もなく微笑み、大きな欠伸をするライツのそばへ歩み寄った。
「このところ急に暑くなったから体調を崩していないかと思ったのだが……杞憂だったようだな」
そう言って手に持った革袋をライツの額に当てる。当てられた方はビクリと跳ね上がった。普通の革袋にはあるまじき、濡れた冷たい感触だった。
「何しやがるッ!!」
「目が覚めただろう?」
ロヴィスコは珍しく楽しそうに笑っていた。その手から袋を奪い取り、ライツは訝しげに中身を確かめる。ひやりとした空気が頬を撫でてゆく。
「……氷か」
「ああ。死にそうだったら当ててやれ、と言われた」
「ふん……」
まるで興味なさそうに鼻を鳴らし、ライツは氷を全て硝子の水差しに移した。それを添えられたコップに氷ごと注ぎ、一口呷る。ついでに氷塊を一つ口に含むと、おもむろに唇の端を持ち上げた。
「そんなことより相手してくれねえか。なあ? お優しい船長さんよ」
言いながらロヴィスコの手を掴んでベッドに引き倒し、易々と組み敷いてしまう。
「相っ変わらず暑そうな服着てんだな。脱げよ、そんなもん」
脱げと言っておいて、ライツは自ら相手の着衣を剥いでいった。白い上着、シャツ、下穿き、自分の薄汚れた上衣も、剥ぎ取って投げ捨てる。
──船長の服なんか脱いじまえ。ロヴィスコ。
「ライツ。おまえも相変わらずだ」
ロヴィスコはそう言って穏やかに笑うばかりだ。仕方ない奴だとでも言わんばかりの目にライツは苛立った。噛み締めた奥歯が氷を砕く。
「そういうとこは気に入らねえ」
吐き捨てるなりライツは唇を押し付けた。僅かに抵抗したロヴィスコの手を捕まえ、冷たい舌で歯列に割り込み、氷の欠片を滑り込ませる。水が気管へ入ったらしく、唇が離れた途端ロヴィスコが激しく噎せ返った。それを一瞥してライツはコップから氷を一つ取り、掌で転がす。
「……苦しいなら言えよ」
何が気に入らないのか、不服そうにライツは言う。乱れた呼吸を落ち着けようと試みながら、大丈夫だ、と喉がひりつくのを堪えてロヴィスコは言った。その目に掛かった髪を払い、ライツの眉根から皺が薄れてゆく。
「……そうだよな。この程度で音を上げられちゃ困る」
今度は不遜に笑い、ライツは氷を翳した。透き通った塊にも、融けだしてぽたりと落ちる雫にも、夏の光がきらきらと乱反射する。あまり日に焼けていない、白い首をなぞるようにライツは氷を滑らせる。ロヴィスコはぞわりと背筋までが粟立つのを感じた。
「冷たいな……」
「当たり前だろ。馬鹿じゃねえのか」
くちづけたときとは打って変わってライツは楽しそうだった。鎖骨の下、乳首の周り、脇腹、臍の窪みまで氷で撫で、ロヴィスコが眉を寄せるたびに、くつっと喉で笑う。その額の端から雫が顎まで伝い、落ちる。閉め切った窓から日光が直射していた。部屋は今や、息苦しいほど蒸し暑かった。じわりと全身に汗が滲む。ライツのなぞる跡が温度差でひりつくほどだった。
「ロヴィスコ。萎えてんじゃねえか」
不意にロヴィスコの両手を離し、力無いそれに触る。ライツは少なからず驚いた顔をしているが、ロヴィスコからすれば当然だ。うだるような暑さの中、氷が体に触れるのは少し気持ちのよいものではあったが、性的な快感と混同するようなものではなかった。
「おまえは元気だな」
膝を立て、布を持ち上げているそこを押し上げるように刺激すると、ライツの体がびくりと揺れた。
「っ……のヤロ……!」
くすりと笑ったロヴィスコの体を力任せに反転させ、ライツは臀部の肉を割り開く。氷はもう融けきってしまったらしい。水が滴る右の指を菊紋に少しずつ押しこんでゆくと、白い背が僅かに震えた。
「どうした、こっちはこんなに熱くしやがって」
これも当然といえば当然だ。体外より体内の方が温度が高い。ライツはそれが可笑しくてたまらないというように目を細め、異物を締め出そうとする内壁を蹂躙してゆく。一本目が奥まで到達すると、ライツは容赦なく二本目を捩じ込んだ。ロヴィスコが苦しげな声を上げても構わず、前立腺を執拗に刺激する。それしか知らないのだ。
「っライツ……」
こめかみから汗が流れていた。ライツは答えず、唇を歪めて笑みを作る。
「暑そうだな、ロヴィスコ」
唇の端からちらりと赤い舌が覗いた。そのままライツは手を伸ばし、だいぶ水の量が増えた硝子のコップから濡れた氷をひとつ摘み上げる。大きさは親指の先ほどだろうか。視線が氷からロヴィスコへ、ゆるりと滑ってゆく。
まさか、と言う暇もなかった。ライツは埋め込んだままの指で入口を開くと、躊躇なく氷を挿入した。
「ッあ……──ッ!?」
からん、と澄んだ音に続いてもう一つ。内部が痙攣したように収縮を繰り返す。痛みすら覚えてロヴィスコは悲鳴に近い声を上げた。
「はは、すげー。わかるか? 結構な勢いで溶けてるぜ」
言葉の通り、刺すような冷たさは少しずつだが薄れてゆく。肩が上下する速度も落ちてゆき、強張った体から徐々に力が抜けて、シーツに爪を立てていた手の力も緩む。
「どうだ、涼しいだろ?」
面白がるように投げられたこの問いに、ロヴィスコは答えることができなかった。全く想定外の行為に少なからず動揺していた。忙しなく熱い息を吸い、吐くだけで、恐らく笑っているであろうライツの方へは目を向けることもできなかった。
当のライツはほくそ笑む。ロヴィスコは口には全く出さないが、精神の揺らぎはそう隠しきれるものではない。《船長》を脱いでも潔白で堂々としているロヴィスコが、たかが囚人ひとりの言動によって不安定に揺らぐ。伏せたままの端正な顔はきっと屈辱で歪んでいるに違いない、そう思うとライツはひどく興奮した。
「なあ、いれてほしいか?」
指を引き抜き、取り出した自分の熱塊をいやらしく擦りつけて囁きかける。自分に負けず劣らず熱い吐息が耳に触れると、ロヴィスコは顔を上げずにふっと笑った。
「氷なら、御免だ……」
「ちげーよ。俺のが欲しいかって訊いてんだ」
黒髪を乱暴に掴んで顔を上げさせ、目を合わせる。ロヴィスコは微笑んでいた。
「好きにすればいい」
このほとんど凌辱とも呼べる行為にも屈していない、明るい光を宿す瞳だった。ぎり、と音が聞こえるかというほどにライツが奥歯を噛み締める。
「そうやって、余裕ぶってんのが……気に入らねェんだよッ」
底の方から噴き出す激情に任せて突き入れ、ずちゅ、と思い切り打ち付ける。ロヴィスコの喉から引き攣れた叫びのような音が零れた。
異物に出て行けと訴える内部はまだ少し冷たい。ライツの良く知るそれとは違った温度、拒絶。それらに普段よりも昂揚している自分にライツは気付かなかったが、その昂りに呑まれ、激しく掻き回した。
ロヴィスコの顔が歪む。しかしそれは肉体的苦痛によるもので、ライツが望むものではなかった。誰にともなく悪態を吐く。流れた汗が落ち、水差しの氷が融けるのも忘れて、無茶苦茶に突くことしかライツは知らなかった。
疲れ切ったライツがようやく動きを止めたとき、既にロヴィスコの意識はなかった。ずるりと引き抜き、外側が乾いてしまったコップを手に取る。すっかり温まったそれにライツは顔を顰めた。火照った体が求めるのは数時間前にはあった、痛いほど冷えた氷水だった。
舌打ちし、仕方なくぬるい水を呷る。渇いた喉に、体に、思いのほか沁みた。
そこで初めて、ライツは窓の外に広がる青を見た。海の青と、空の青。太陽は突き刺さるような白光を投げつけ、全てを焼いてしまおうとしている。ライツの目にはそう映った。
鮮やかな夏だった。白がよく映える。医術師の羽織も、船長の制服も。そこまで考えてライツは、ロヴィスコの白く穏やかな横顔を睨みつけた。
「おまえなんか嫌いだ」
不似合いなほど子供染みた、紛れもない本心だった。
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氷プレイを書きたくて……夏
2011/08/27