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​猶予う理由

​#+C #天狼×十六夜 #薬師設定

 薄暗い部屋にひゅうっと入り込んだ隙間風も、もうすっかり秋の色だった。冷たく首筋を撫でられ、炉端で薬草を束ねていた十六夜は身震いした。囲炉裏を挟んだ向かい側で木の枝を削っていた天狼が顔を上げ、もう夜かと呟く。ふっと吹いて飛ばした削り屑が灰の中に舞い落ちていった。

 普段から天狼は薬師の庵で暇を潰すことが多いが、ここ数日は特に入り浸りだ。というのも、十六夜が老薬師に弟子入りした日からそこに住んでいる。そして今、庵の本来の主人である老薬師は商隊について周辺の集落を回っており、十六夜は一人で留守を預かっている。更に天狼にとっては丁度良いことに、新月が修行のため聖地へ赴いていた。このおかげで気兼ねなく、それこそ暇さえあれば朝から晩まで天狼は庵にいることができたのだ。

 薬草の束を括り付けた細い縄を壁に吊るし、十六夜はひとつ欠伸をした。そろそろ就寝時間になる。天狼も小刀を片付け、腕を天井に突き上げて大きく伸びをしていた。振り向いて十六夜が問う。
 「今日は泊まっていくんだっけ?」
 「寂しいかんな」
 にっこりと笑って頷く様子は少し白々しい。全くの嘘という訳でもないのだが、こう言っておいた方が都合が良いのだ。

 集落の大多数から見ると、主に十六夜の努力の甲斐あって彼らは『仲の良い友達』である。そもそも同性愛の文化自体あまり浸透していないのだから、天狼に言わせると十六夜の反応――少しでも人目があると、何気なく触れられることさえ嫌がる――は些か神経質すぎるほどだった。人目につかない場所ならば多少は良いと言うのだが、集落内で誰の目にもつかない場所はないのと同じで、外へ出るにも見張り番に何の用事か聞かれるのは目に見えていた。老薬師が不在の今、十六夜が患者を診ている間を除けば、この庵でのみ彼らは二人きりでいられた。

「たまにはいいだろ?」
「いいけど、その歳で寂しいからっていうのも……」
「だって、せっかくだからおまえと寝てーし」
 十六夜は耳を疑った。天狼は首を傾げる。彼が自ら招いた語弊に気付いたのは、絶句した相手の顔が真っ赤に染まりきってからだった。
「て、天狼、いきなり何、言って……」
「ちょっ、違うって! そーゆーんじゃねーから!」
 数秒言葉もなく相手の目を見つめ、真剣な光を捉えると心の底から安心したという風に十六夜が息を吐く。
「なんだ……びっくりさせるなよ……」
 天狼もやれやれと息を吐いた。そこには安堵だけでなく、少なからず落胆の色もあったが。

 十六夜は天狼に抱かれることを過剰なほど恐れていた。そもそもそれは男女が夫婦となってから行われるものだ。同性間の情交が受け入れがたいものであることは天狼もそれなりに承知している――気持ち良いばかりでは済まないということも。
 しかし十六夜は以前、天狼と性行為に及ぶこと自体にはあまり抵抗はないと言った。では何を恐れているのだろうか。心の準備が出来ていないと言ったきり、十六夜はこの問いには答えていない。
「まあ俺ちんは、おまえさえ良ければいつでも……」
「良くないです」
「デスヨネー」
 十六夜は自分を試しているのだと天狼は思うことにしていた。天狼が、十六夜が彼を拒む理由に気付けるかどうか。十六夜のくせに、と思わないこともなかったが、どんな恋路にも障害は付き物だ。これは天狼の良き相談役になっている帥門の持論でもあった。
 十六夜が二組敷いた布団の上に移り、天狼は僅かばかりの期待を込めて尋ねた。
「なー、添い寝は?」
「えー……」
「布団別々とかさあ、寂しいじゃん……」
「………」
 十六夜は疑わしげな視線を容赦なく突き刺す。十六夜は力では天狼に敵わない。だから念入りに、我慢できるのか、と。
「……うん」
 嘘つけ、とばかりに飛んできた拳を軽く受け止めて天狼は苦笑した。


 天狼が目を覚ましたとき、辺りはまだ真暗闇だった。物音がしたように思ったのだが、目を凝らしてみても特に変わった様子はない。気のせいか、と大きな欠伸をして天狼は眠たそうに目を擦った。
 隙間なく並べた隣の布団では十六夜が眠っている。少し乱れた髪と穏やかな寝顔は気を許しているように見えた。天狼は複雑な気分になる。一人の男として、今のような状況で信頼されても素直に喜ぶ気にはなれない。頭まで毛布を被り、ゆっくりと除け、もう一度十六夜を見、それから静かに隣の毛布を持ち上げるとその中に潜り込んだ。すうっと鼻に抜けるような、薬草の匂いが微かにした。
「んん……」
 十六夜が身動ぎし、手が天狼の胸元に当たった。天狼は息を詰める。ここで気付かれたらどうなるか。まず間違いなく殴られ、悪ければ追い出されて出入り禁止になるかもしれない。色を失う天狼の予想に反し、十六夜は天狼の寝巻を緩く掴むと再び規則正しい寝息を立て始めた。
 安堵の溜息を吐き、素直じゃねーの、と呟く天狼の頬は情けなく緩んでいた。思い切り抱きしめたい衝動をどうにか抑え、毛布を頭上まで引き上げると十六夜の額に自分の額を当てた。

 十六夜はお人好しな上に照れ屋なのだ。なかなか自分からは甘えてこないし、平気な顔をすることにも慣れている。それって損だよな、と天狼は思う。十六夜のわがままなら幾らだって聞いてやる、とまで思う自分がここにいるのに、十六夜はその天狼にも何故だか気を遣う。彼の性分ゆえだと天狼も一応理解はしているし、それ自体は悪いことではないのだが、まるで物足りない。
 天狼がやたらと十六夜に甘えたがるのはこれが一因で、自分から絡んでいけば十六夜も多からずとはいえ返してくれる。控えめというか、甘え下手というか。手先は器用なのに、心は案外不器用なのだ。幼い頃からの長い付き合いで、そのくらいは自然にわかることだった。

 ふたりっきりのときくらい、甘えてくれてもいいんだぜー。
 十六夜の手がぴくりと動いて天狼はまた息を詰めたが、やがて優しい顔でひとつ息を吐き出した。

 

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天狼が十六夜と一緒に寝てみようとしたら殴られた。だが諦め切れなかったので夜中静かに天狼が十六夜の布団の中へ潜り込んだら成功した。ふぅ…(http://shindanmaker.com/157980

 

​2011/10/16

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