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Erste

​#空の軌跡 #アガット×ヨシュア #R18

 ──やられっぱなしは性に合わねえ。

 この一言が始まりだった。
 毎回そうしているように自ら服を脱ごうとした少年を止め、その手で躊躇いなく白い肌を晒した。華奢な肢体を組み敷いたアガットはいつになく真剣な表情をしていた。眼光は鋭く、呆然とヨシュアが見つめても逸れることはない。そればかりかヨシュアの両手を容易く片手で纏めて頭上に押さえてしまうと、珍しく困惑した視線を遮るようにくちづけた。
「っ……、アガット、さん……?」
 意固地に守ってきた一線も越えてしまえばどうということはなかった。初めて与えたキスは思いのほか心地良く、嗚呼これを恐れていたのか、と今度は自分の服を脱ぎながら束の間悔いて気付く。
 触れる唇は少しかさついているが柔らかく、何故だか甘かった。それを不愉快に思わなかったことがアガットには一番不愉快だっただろう。自分自身に悪態を吐いても止まらない。
 それは激情的に。いつかの金縛りとは違う、魅惑の魔法にかけられたかのように。
 貪るように深く。沈んでいってしまいそうなほど。目を閉じて迎え入れるヨシュアの口内を力任せに蹂躙したと思えば、甘えて絡み付く舌に応じて悦楽を引き出す。
 ヨシュアは笑い出したいような気分だった。それほどに嬉しかった。荒れた掌がヨシュアの薄い胸の上を滑るとひくりと身体が震えた。離れた舌先をささやかに繋ぐ糸は先程のくちづけが如何に濃厚だったかを示すものでもある。
「ふ、ぁ……アガットさん……」
「何だ」
 ヨシュアから言葉での答えはなかった。代わりに琥珀の奥底で炎が揺れている。期待しやがって、と嘲ったつもりの目は少しだけ笑っていた。
「……抱いてやる。だから今回は大人しく寝てろ」

 穿つ。抉る。貫く。喰い削る、ような。
 思考に満ち侵す音。情欲を掻き立てる音。ヨシュアは嬉しかった。こんなにも強く、激しくアガットが求めるから。今までいくら求めても得られなかったものを、これでもかとばかりに彼が与えるから。
 与えられる以上に自分も触れて返したいとヨシュアは思うのに、その思い通りに動けないほどひどく、頭の底が甘やかに痺れていた。
「あ、っあ、ァ……」
 少年は猛る熱を飲み込んで、逃さないとばかりに締めつけて、上擦る声をぽろぽろと零した。嗄れちまってもしらねーぞ、と咎められても制御不能。白くしなやかな肢体を震わせ、崩れるようにくねらせて溺れてゆく。濡れた琥珀は貪欲に誘惑し続けた。
「はぁ……っはぁ、アガットさん……?」
 切なげに名を呼ばれても、蒼灰の瞳は用心深く琥珀を捉えた。まだ警戒されているのかな、とヨシュアは微笑んだ。
「僕の名前、呼んでください……」
 アガットは瞬きし、拍子抜けしたように呆れ顔になった。
「どうした、急に……女みてえなこと言いやがって……」
「でも……呼んで、ほしくて」
 ヨシュアは愛おしくてたまらないとでも言うように、細い指先でアガットの頬の傷痕をなぞった。
 今まで一度も、ヨシュアはそれを求めたりしなかった。行きずりの一夜に正確な名前は必要なかったし、例え本名であってもそれを求めることはなかっただろう。ただ、情交の最中、甘く名を呼び交わすことによって心を通じた錯覚を得る。そのことは知っていたから、相手に多少なりとも報いる手段として時には名を呼んでやった。それだけだ。元より人形は主の名を呼ぶものではない。
 しかしアガットの名は違った。呼ぶたびに胸の奥が焦がれる。その声で自分の名が呼ばれるのを聴きたいと思う。名を呼んでくれとせがんだ男の本音はきっとこうだったのだ。虚しい錯覚などいらない。ただ切なく俺を呼ぶ君の声が欲しい。
 ぶっきらぼうな声は言い淀んだ。照れた目線が逸れる。癖なのだろうか、いつもヨシュアの右手に逸れてゆく。気持ちはわかる、とヨシュアは視線を追って微笑んだ。真剣に改まって、というのは何事も気恥ずかしいものだ。
 しかしアガットは案外すぐにヨシュアの顔に視線を戻した。ヨシュアは目の端でそれを捉えたが、知らぬ素振りで自分の緩く握ったかたちの右手を見続けてやった。
「……ヨシュア」
「はい」
「満足か」
 ヨシュアは赤い髪に指を差し込んで引き寄せた。内部が僅かに擦れ、身体が震え、その唇から小さな声を零して触れるだけのキスをした。だめ。離れた眼差しで訴える。
「もっと……」
「てめえ」
 ヨシュアは笑っていた。

「アガットさん……アガットさ……っあ……!」
 少年の声が切なく叫ぶ。揺さぶられ、しがみつく先は逞しい腕でも背中でもなく真白いシーツ。自分の体温が移って温まった布。拳を軋むほど、もう力の入らない指が震え、先が白く変わっていてもなお握り締めた。
 狂おしい熱を感じる。体内にあるだけじゃない。拳に重なる大きな掌だとか、首筋に砕ける荒い吐息だとか、背中に落ちる汗の滴だとか。すぐそこに、こんなにも近くにあなたがいる。そんなことを思うのは初めてだった。それを嬉しいと思ったことも。
 身体がふわりと浮き上がるような感覚があった。
「こんっ、な……あァっ……!」
 掠れた声が溢れ落ち、目眩く熱が迸る。暗闇に突然白光が差したかのように思考がぼやけてしまう。今はそれも心地良い。
 視界の端に燃えるような赤を捉え、ヨシュアはのろのろと離れてゆく熱を惜しいと思った。

 それまでヨシュアが繰り返した行為はすべて主とのそれをなぞるものだ。表層の少年に自覚はなかったが、人形たる《漆黒の牙》が犯されるための行為だった。くちづけも愛撫もすべて貫かれるためでしかなかった。自ら捨てるが如く身体を開き、進んで腰を振る羞恥も愚かさも忘れ、それしか知らぬ自動人形のように相手を使って自分を犯すことしかヨシュアは慰めの術を知らなかった。そこには喜怒哀楽のどれも介在せず、つくられた本能とでも言うべき衝動だけがあった。
 しかし今回、生まれて初めてヨシュアは『抱かれた』のだ。与えられるものを待つばかりの人形はいつしか、ひとりの少女の心に触れ、感化されていた。彼に対しては『触れたい』と望んだのだから。
 満たされた、と思った。比べ物にならないくらい。満たされたのにまだ足りず、懲りずに手を伸ばすほど。
「……アガットさん……」
 縋るように抱きついてしまう。そうすれば優しいあなたは可哀相な僕を振り払えない。意図してそうする訳ではないのに、後付けの理由が如何にもらしく浅ましいからヨシュアは否定の言葉を持てなかった。事実そうやってヨシュアが甘えれば、アガットは躊躇いながらも乱れた漆黒の髪を梳いてやった。
 ヨシュアはアガットを好きだと言う。アガットはそれを虚言だと言う。ヨシュアもそうだと思った。薄っぺらい、と自覚はある。だがヨシュアの心は一度も嘘をついていなかった。偽りではなく程度の差。だから言わずにいられない。器用すぎる少年が言葉に想いを上手く載せられないだけのことだ。
 笑っていられるうちはいい。いつかそれでは済まなくなったら、僕は。彼は。彼女は。そのとき僕たちはどうするのだろう。

 閉ざされた記憶の中で培い、太陽を希うあまり捻くれて、彼と出会って灼けついた感情。それは毀れ刃のような恋ではあったが、月夜のような恋でもあった。
 

 

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アガヨシュさんにオススメのキス題。シチュ:ベッドの上、表情:「真剣な顔」、ポイント:「服を脱がしながら」、「自分からしようと頑張っている姿」です。 (http://shindanmaker.com/19329

​2011/11/15

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