ぬくもり
#幻想水滸伝2 #ルック #フッチ #ブライト
冬が好きだ。凍てついた静けさに優しさなんて微塵もない。木々を眠らせる風が心身を引き締め、この身に融けた呪いも凍えさせてくれそうだから。
暖房を最小限に抑えた部屋で、ルックは例によって読書に励んでいた。約束の石版の番もしなければならないが、この城の住人たちはやたらとルックを構いたがる。寒いからこれを飲めだの、毛布をかぶれだの、果ては某クマが酒をすすめる始末だ。ちなみにルックは彼を追い払うとき、紋章の力で強風を起こしたために広場の面々からブーイングを食らった。
しかしこうして自室に篭っていればルックの平穏は保たれる。彼の部屋は主動線から外れていることもあり、普段わざわざ訪ねてくる酔狂者は軍主のリオウとその姉くらいだ。だが戦局の切迫に伴って彼らは遠征に出ることが多くなっている。斯く言う今もそうだ。ルックは静まり返った部屋に一人きりでいた。
寂しいなんて思わない。僕は冬が好きだ。優しさなんて微塵もないこの季節が。
ふとドアの外に気配を感じた。誰だい、と一応無愛想に声をかけてみるが、返事も反応も帰ってこない。ということは少なくとも急ぎの用事でないのだから、相手にせず放っておけばいいのだが、気配はドアの近くを離れず、何度も行ったり来たりしていた。
まったく、鬱陶しい。気が散るじゃないか。
「何の用? 遊びに付き合う暇はないんだけど」
冷淡に言い放つと、慌ててドアを引っ掻くような音がする。嫌な予感がしたがルックは渋々立ち上がり、気配の主を確かめるべくドアを引き開けた。そこにいたのは予想通り。
「キュイイ……」
フッチの白い仔竜、ブライトだ。ルックは溜息を吐いた。こいつに怒っても仕方ない。
「どうしたのさ。フッチは?」
「キュイ! キュイィィ!」
「……わかんないな」
竜騎士でもないのに竜と話そうというのがそもそも無謀だと気付き、ルックは僅かに赤面した。他に誰もいなくて助かった。見られたらただじゃおかない。
「……キュイ?」
ブライトはもの言いたげにルックを見上げている。今頃フッチは道場で稽古しているはずだ。追い出されたのか抜け出してきたのか、後者だろうなとルックは呆れた。少し預かってやるくらい構わないが、つくづく変なやつに懐かれたものだ。
「わかった。入りなよ」
「キュイ!!」
元気の良い返事だった。目を輝かせたブライトをルックは少しだけ可愛いと思い、同時に悔しいとも思った。
それから小一時間。ブライトは特に何かを訴えたい訳ではないようだった。はしゃぎもせず、一緒に遊べとねだりもせず、部屋の主が黙々と分厚い本を読み進める様をただ眺めていた。そんなブライトの大人しさにルックは内心驚いていた。今まであちこちで騒ぎを起こしてくれていたし、今回もうるさくするようなら道場に突き返そうと思っていたのだが。
安穏な時間に気を緩め、ぱらりと小さな音を立てて頁を捲ると、ふとブライトが身震いした。
「寒いのかい?」
「キュ……キュイ!」
ブライトはおまけにくしゃみをひとつ。この部屋が寒いのは承知してるけど、まさか竜にまで寒いって言われるなんてね。そうして部屋の端に置かれたストーブを見遣るが、火を点けようにも薪がない。ルックは珍しく、苦笑いではあったが優しげに頬を緩めた。
「……こっちに来れば?」
「キュイ?」
「いいよ、おいで。膝掛けもあるし」
「キュイイイ!!」
とても嬉しそうにブライトははルックの膝の上へ華麗にダイブし、そのまま膝掛けの毛布の下に潜り込んだ。
しばらくすると静かな寝息が聞こえ出し、毛布越しにじんわりとルックにも仔竜の体温が伝わってくる。あたたかく、そして不思議と心地良かった。他人のぬくもりなんていらないと思っていた。この身にそんな望みは不毛で、許されないのだと思っていた。
僕は冬が好きだ。それはこの凍みに優しさなんて微塵もないから、のはずだけど。
日が暮れかけ、ランプを灯そうと思った頃、静かなノック音が響いた。
「……ルック? 僕。フッチだけど」
「ああ、どうぞ」
ルックは無愛想に返事をしたがフッチはその一見冷たい対応に慣れてしまっている。躊躇なくドアを開けて、しかし少しだけ申し訳なさそうに部屋へ入ってきた。
「えっと……ブライト、こっちに来てない?」
フッチは稽古の帰りらしく、片手に愛用の槍を携えたままだ。ルックはちらりとそちらを見たがすぐ文字列に視線を戻した。
「来てる」
「ああ、やっぱり……ごめんルック、邪魔しちゃって……!?」
ルックの膝の上で気持ちよさそうに眠りこけているブライトを発見してフッチは暫し言葉を失った。あのルックに何が、と言わんばかりの衝撃の表情だ。ルックは怪訝そうに視線を上げた。
「……何?」
「う、ううん。面倒見てくれてありがとう。迷惑かけなかった……?」
「いや。聞き分けの良い奴だね」
「そう、良かった……あっ、そうだ、ルック!」
「まだ何か?」
「ちょっと待ってて!」
そう言うが早いかフッチは部屋を飛び出していった。今日は竜より竜騎士の方が騒がしいな、とルックが思うやいなや、ブライトがもぞもぞと動き出し、顔を上げた。
「……キュ……キュイィ……?」
「お目覚めかい? でもフッチは行っちゃったしな……もう少し寝ててもいいよ」
「キュイイィ…!」
「……別にいいさ。この部屋が寒すぎるのが悪いんだから」
寝足りなさそうなブライトはルックに甘えて体を擦りつけた。くすぐったいよ、と文句を言いながらルックは微笑んでいた。
小柄な体に似合わないほどの大皿を抱えてフッチが再び現れたのは、窓の外がすっかり暗くなってからだった。
「ルック! おまたせ!」
煌びやかな大皿には豪華な料理が明らかに三人前以上盛られていて、ルックは少しだけ驚いた後に呆れた顔をした。
「何、それ。君そんなに食べるのかい?」
「一緒に食べようよ! 今日は『クリスマス』っていうお祝いの日なんだってギルバートさんが言ってたから、レストランに行って作ってもらったんだよ!」
「……ああ、ゼクセンの祝日か」
心から楽しそうに、眩しいくらいにフッチは笑っていた。そのどこか有無を言わさない宣言も何故だか嬉しくて、ルックは不機嫌そうに歪めた顔で他人事のように呟くのが精一杯だった。
結局あれから、やっぱり食事の前に風呂だとか、ストーブの薪がないだとかフッチが言い出してあれこれ準備したおかげで、冷たく陰気だったルックの部屋は随分明るく、暖かくなり、人の住む場所らしい空気に変わっていた。
「この部屋、いつもあんなに寒くしてるの?」
食事を終えて、熱いココアを吹いて冷ましながらフッチが不思議そうに訊いた。
「まあね。あれで十分だから」
そっけなくルックが答えると突然ブライトが叫んだ。
「……で、そいつはなんだって?」
「『ダメだよ。それじゃ風邪引いちゃう!』って。うん、僕もそう思うよ?」
すかさずフッチが通訳し、微笑む。ブライトとルックが打ち解けた様子が嬉しいのか、フッチは終始上機嫌だった。
「余計なお世話だよ。……けどまあ、気を付ける。どうせまた来るんだろ、おまえ」
「キュイイ!」
「あはは、『もちろん!』だって!」
ほとんど押し切られたような格好だが不思議と不快ではなかった。窓の外ではこの季節らしく雪が舞い始めている。真っ白い、小さな翼と同じ色だ。
調子に乗って、今夜はここで一緒に寝ると言い出したフッチとブライトに手を焼きながら、ルックはふと思った。
僕は冬が好きだ。だけどそれは、冬の冷たさが誰かの温もりに気付かせてくれるから……なんて、らしくないんだけどさ。
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ぬくもり
@yasuhitoakitaさんと共作。
クリスマス用に土台を頂きました。
2011/12/25