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​メヌエット

​#+C #エーコ×帥門

 軽いノック音に帥門は重たい体を起こした。
「あら……来てくれたのね」
 開いた扉から入ってくる金髪の詩人に目を細めると、彼は律儀に扉を閉めてから帥門がいるベッドへ歩み寄った。
「ベルカが忙しいから、代わりにね。具合はどう?」
「大したことないわよ。ちゃんと手当てしてもらったし、すぐ動けるようになるわ」
 良かったね、とエーコは言う。台詞は半ば社交辞令でも微笑みは本心だ。考えるまでもなく帥門は頷き、次の言葉を紡ぎ出した。
「金髪さんが優しくしてくれたら早く治っちゃうかも」
「あはは、相変わらずだなぁ」
 媚びた視線を敢えなく躱してエーコは笑みを深めた。
「でも本当に元気そうだね。もう痛まないの?」
「言ったじゃないの、大したことないって。ねえ、もっとこっちに来て」
 手招きに応じてエーコは一歩近寄った。しかしまだ足りない。帥門は身を乗り出し、手を伸ばした。指先は遠慮がちに、エーコの右目尻のあたりに触れた。
「……残念ね」
 エーコは気まずそうな左目を虚しく自慢げな笑みで覆い、そっと肌をなぞる指を外した。
「聞いた? この僕が名誉の負傷だよ」
「綺麗な眼だったのに」
「ああ、それベルカにも言われた。不思議だよねぇ、怪我する前はそんな風に褒めてくれる子いなかったのにさ」
「他の子は見る目がないんじゃないかしら」
 空々しい応答に悲しくなったのか腹を立てたのか、どちらともつかない勢いで帥門はエーコを抱きしめていた。エーコがバランスを崩してベッドに手をつく。微笑は崩れていなかったが、その紫の眼は切なげだった。
「だめだよ。怪我人は大人しくしてなさい。あの先生、怒ると結構こわいよ?」
 窘める口調で柔らかな声を発し、だから離れなさいと言わんばかりに背中を軽く叩く。それが拒絶でないことを察するのは傍目には少し難しかったが、帥門は腕に込める力を強めた。
「怪我人なんだから甘えてもいいじゃない」
「傷が開いちゃうでしょ」
「あら、傷が開くようなことするの?」
「またまたぁ」
 わざと軽くあしらいながらエーコは一度だけ帥門を抱きしめ、腕を離して立ち上がった。
「それじゃ、ぼくは行くよ」
 帥門は離れてゆく右手を掴まえて微笑み返した。彼にしては珍しい、健気な少女にも似た眼差しだった。
「また来てちょうだい。寝てるだけっていうのも退屈だし、何より寂しくって泣けてきちゃうわ」
「ユーリちゃんがいるでしょ?」
「ユーリちゃんはユーリちゃんよ」
「はいはい、元気でね」
 去り際に唇で頬を掠め、笑顔でエーコは部屋を出ていった。


 扉が閉まると同時に傷を押さえ、長い溜息を吐き出して帥門は布団に沈んだ。
「こんなにドキドキしたらまた血が出ちゃうかしら」

 

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メヌエット

​2012/03/08

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