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​繊細で透き通る

​#空の軌跡 #オリビエ×シェラザード

「付き合いなさい」
 酒瓶とグラスをテーブルに突き立てんばかりの勢いで置き、不気味なほど底抜けの笑みを浮かべて女王の如くシェラザードは命じた。
「シェラ君、無粋なことを言いたくはないんだが今何時だと……」
「夜中でしょ」
「……酔ってるのかい?」
「嫌ならそう言いなさいよ」
「勿論歓迎するとも。だが女性が夜中に男性の部屋へ押しかけるというのは……」
「つまんない男ね」
 苦笑してみせるオリビエに容赦なく表情を曇らせ、彼女はグラスに酒を注ぎ、飲み干した。
「別にあんたは飲まなくていいから、付き合いなさい」
「シェラ君……」
 グラスが再びテーブルに突き立てられる。果実酒の芳香と夜半の静寂を叩き割る悲鳴に、硝子の方が割れやしないかと心配する彼の耳に届いたのは拗ねた声だった。
「何よ。あたしに人恋しい夜があっちゃいけないって言うの?」
 シェラザードはがっくりと俯く。彼女はこういう人だったな、とオリビエの頬が緩んだ。銀閃の名に相応しい姐御でありながら、今俯いた顔を覆う銀髪まで素直な少女と何ら変わりない。
「人恋しい夜に僕を求めて来てくれるとは光栄だよ」
 普段の軽い調子でオリビエは褐色の手を取った。抱きしめるよりも寧ろ頭を撫でてやりたいような、ぼやけた欲求が焦れったい。
 彼女は壊れ物を扱うような手付きにじとついた目を向けたが、不意に崩した。眼差しは少し意地悪に、異邦の容貌に試すような微笑を浮かべる。
「リュート、弾かないの?」
「ああ……本当に言葉が必要なときには邪魔になってしまうだけさ」
 数秒、真顔で視線を交え、同時に吹き出す。落第せずに済んだようだ。オリビエはグラスに果実酒を注いで恭しく差し出した。献上物を気取るには些か地味だが、甘やかな香りは心をも擽る。
「僕は君のものだよ」
 ずるいわ、真っ直ぐすぎて笑っちゃう。シェラザードは水面に視線を落とし、肩を竦めただけだった。
「ご勝手に」
「嗚呼、つれないねシェラ君。どうか真摯に受け止めてくれたまえ」
「だって重いじゃない」
「だが本心だ」
「じゃあ毎晩酒盛りに付き合ってもらうわ」
「それは勘弁してください」
 オリビエが平伏すと彼女は勝ち誇ったようにも見える笑みを漂わせ、ようやくグラスを手に取った。
「あんたに多くは望まない。まして命なんて欲しくないわよ。いい歳した大人だもの」
 冗談めいた語り口で彼女は独占欲というものを否定する。水面を揺らし、波立たせる。
「残念だ。僕の最高の愛の形なのだけれど」
「愛に形なんて要らないのよ」
 鋭い返しだ。なかなか哲学的だと内心唸り、オリビエは空になったグラスを満たした。嗚呼、単なる硝子の器ならこんなにも容易く満たせるのに。
「では、君に何を捧げようか」
 アルコールを喉に流し込み、ひとつ息を吐くシェラザードを彼が見つめる。浮ついた表面からではない視線にくすりと彼女は笑いを零した。
「一曲弾いてもらおうかしら」
 誤魔化すのは得意でしょ、上手くぼやかして歌ってみせて。目配せからそれを読み取って彼は心外だとばかりに天を仰ぎ、大袈裟に腕を広げたかと思うと瞬く間にリュートを手にしていた。
「お安い御用さ。君が望むのなら歌など幾らでも」
 眉尻を下げた眩しそうな笑みは大人びた少女のように、呼吸すら躊躇われるほど儚げに映った。

 

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繊細で透き通る

某後輩に捧ぐ

​2012/03/13

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