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​ばかばか。

​#零の軌跡 #ロイド×ヨナ

 ロイド・バニングスの正体は甘えたがり屋だと最近ヨナは思っていた。放っておけない等と態々言うのはヨナに構う口実で、暇さえあればベースを訪ねるのはヨナに甘えるため。しかしロイドは自覚が薄い、というのが言い分だ。呆れがちにそう言いながら、ロイドが無自覚に求めるように『ロイドに甘やかされ、ロイドを甘やかさない』という方法で彼を甘えさせられるのはヨナだけだ、ということをヨナも自覚していないのだが。
「変な趣味してるよな……」
「うん?」
「こっちの話」
 要はいちゃつきたいだけなんだろ、とヨナは無理矢理に結論付ける。年上の男に寄りかかられても暑苦しいのに、これだからリア充は。
 ロイドは読み終わった小説を閉じ、伏せていた視線を上げた。
「ヨナ」
「もうちょっと」
「わかった、待ってる」
 待たなくていいし、と呟いた声は聞こえていないだろう。「こいつには割と何を言っても無駄だ」というのはランディ・オルランドの台詞だったか。
 ヨナは最後のエンターキーを躊躇っていた。先程から無意味に文字を羅列しては消している。我ながら地味な時間稼ぎだと舌打ちをひとつ。待たせているのはロイドだけではない。大事な顧客――と書いてヨナは金蔓と呼ぶ――も待っている。情報屋稼業はスピードと信憑性が命だというのに、金蔓でもない一人のために彼此20分も無駄にしていた。
 何時間でも待つであろう我慢強さを持っているくせに痺れを切らすと襲ってくる。ちなみに実証済みで、そろそろ限界だろうとヨナは仕方なくキーを叩いた。
「はい終わり、っとぉー……」
 気の抜けた声を出しながら大きく背を反らすと逆さまの笑顔が視界に飛び込む。待ってましたと言わんばかりだ。
「お疲れ」
「何ニヤニヤしてんだよ」
 返ってくる顰め面の苦さにもロイドは微笑んだ。本当に憎まれ口ばかり、とそれすら可愛らしく思える。
「おいで、ヨナ」
「猫みたいに呼ぶなっての」
 文句を言いながらも端末をスリープモードに切り替え、ヨナは疲れた目を擦りながらソファへ向かった。ロイドの隣に座るなり無防備に欠伸をし、相手に寄りかかる。すかさずその頭を肩に寄せる手がヨナは嫌いではなかった。
「で、天下の特務支援課がこんなとこで暇してていいのかよ」
「おかげさまで最近平和だからな」
「そりゃ良うござんした」
 勿論嫌味だ。そっと髪を撫でる手に、重い、とヨナは文句を言った。
「ていうかアンタさぁ、バレバレじゃん。もうちょっとなんとかしろよな」
「バレバレって、何が」
「ティオに決まってるだろ。ボクにどこまで連敗記録更新させる気なんだ……って」
 わざと答えをずらした少年を抱きしめた腕は優しかった。ヨナは喉からおかしな声が飛び出すのをどうにか堪えた。途端、羞恥に顔が歪む。
「は、離せ。重いって言ってんじゃん」
「ドキドキしてる」
「調子乗んな」
 ああもう、早く治まれ。そう念じるヨナの耳元でロイドはくすりと笑いを零した。照れ隠しがこれほど分かりやすいのはヨナくらいだろうと。
「嫌なら離れるよ」
「離れろよ」
「嫌?」
「い、嫌だ」
「嘘だな」
「なんなんだよ!」
 ヨナは慌てて肩を押し、体を離した。
「大体用もないのに来るなっての! お前のせいで何回20連鎖くらったと思ってんだ!」
「だけど、皆がいる前でこういうこと出来ないだろ?」
「出来なくていい」
「俺はしたい」
「それはアンタの都合だろ……」
 腰砕けになりながらヨナは急に後悔した。次にどんな台詞が来るか容易に想像できる。それはもう幻聴するくらい簡単に。嫌じゃないなんて言える訳がない。本当に嫌じゃないんだ、嫌じゃないんだけど逃げたい。こうなったらもう逃げられない。
 数秒、まるで風船から空気が抜けてゆくようだった。ロイドがもう一度抱き寄せるとヨナは耳まで真っ赤に染めた。
「ヨナが嫌ならしない」
「……ずるいぞ、さっきから……」
 ヨナは顔を伏せる。抵抗する手が弱々しい。ロイドはじっと相手を見つめた。その視線が熱っぽく問うている。
「ヨナ」
「だっ、だめだ、だめだからな」
 実力で牽制してもロイドは構わず迫った。元々敵わない上、切ない眼差しにヨナは力が抜けそうになる。
 だめだ、恥ずかしすぎて死ぬ、誰か、女神でも誰でもいいから誰か助けろ――!
 ぎゅっと目を瞑った瞬間、耳に突き刺さったのはエニグマの着信音だった。驚いてヨナは瞠目し、石化したように動かない二人の間でコール音は鳴り続ける。ロイドが残念そうに溜息を吐くと、ヨナが無愛想に口を開いた。
「……ボクのじゃない」
「ああ。俺のだ」
「……な、なんだよ、出ろよ。仕事だろ」
「後で……」
「うるせー早く出ろ!」
 ロイドが言い終わる前にその顔を押し退けてヨナが叫ぶ。腕を離そうとしない相手のポケットからエニグマを取り上げて押し付けると、渋々といった様子でロイドは背を向け通話ボタンを押した。
「はい、ロイド・バニングス……エリィか。何かあったのか?」
 鼻を鳴らしてヨナが引っ込めた手をロイドは反射的に掴んだ。これも反射的に飛び出しかけた文句をヨナは危うく飲み込んだ。落ち着いてロイドの手を外し、ちらりと未練たらしく窺う彼に苦笑してみせる。
「馬鹿じゃねえの」
 それは囁くようでほとんど聞こえず、珍しく素直で大人びた表情にロイドは気を取られる。ほらあっち向け、とヨナは手を振った。その仕草も普段のうるさそうなそれではなく、疑問形で名を呼ばれなければ右手の小さな端末など放り出したかもしれなかった。
「……ああ、ごめんエリィ、もう一回……西通り? 了解。それで……」
 ロイドの意識が通話に逸れてゆくことに安心し、馬鹿は自分もだとヨナは呆れた。このどうでもいいような会話が終わって小さなこの部屋に一人になるまで、それくらいの短い時間が悲しいほど惜しくなる。ヨナは目を閉じ、広い背中に額をつけた。
 ほんとバカだ。なんでこんな奴のこと、こんなに好きなんだよ。

 

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ばかばか。

​ばかばっか。

​2012/04/04

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