手をつないでもいいですか。
#+C #天狼×十六夜
おまえってふらっといなくなりそうで怖い。
だからか、と十六夜は納得した。直接そう言われるまで、単に天狼はじゃれるのが好きなのだと思っていた。根拠はさっぱりだが、そういう本能的な理由なら仕方ないのかもしれない。触りたがりの恋人。正直に言えば多少扱いに困っていたが、聞いてみれば理由は呆れるほど天狼らしい。本能的というところについ笑ってしまって拗ねられたことも覚えている。
「出かけるって、どこに」
「ちょっと言えないところ」
十六夜はわざとふざけた言い方を選んだが天狼は聡く、顔を曇らせて戻って来た。冗談だ、と十六夜は笑って再び歩き出した。天狼は同じ顔のままぴったりと隣について歩いた。
「大丈夫だよ。僕一人で行くんじゃないし」
「……一緒に行く」
「いいって。そろそろ新月が帰ってくるし、君はそっちに行かないと」
「わかってっけど嫌だよ。十六夜と一緒がいい」
「子供じゃないんだから」
「俺ちん寂しがり屋さんだもん」
「気持ち悪い……」
「気持ち悪いっておまえ、なに、優しくない!」
「優しいのは天狼の担当だから」
「聞いたことねーよそんなのぉー」
天狼は恨めしげに肩をぶつけた。ゆらゆらと何度も体を揺らされながら十六夜は思った。どちらかと言えば子が母を求める方に近い気がするが、それもありかなと考えている自分がいる。つまるところ相手がそこにいれば良いのだ。ああ男って単純だ。
言葉にならない唸り声をあげながら天狼が離れると体の右側をひやりとした風が通り抜ける。十六夜がついそちらを向くと目が合った。どんな顔していたのか、天狼は仕方なさげに眉尻を下げた。
「あーあ、十六夜は心優しくて一本芯の通ったヒロイン気質のはずなのになー」
「ヘクトル様が言ってた?」
「ん。なんかそんなよーなことを」
よっ、と背後から天狼は十六夜にのしかかった。重みに負けて前屈する十六夜の肩に顎を乗せ、奇妙な生き物のような形になってよたよたと歩いてゆく。
「なあ、ヒロインってなんだろ」
「少なくともこんな風に乗っかられるものじゃないと思うけど」
「それはこうしてると落ち着くんだもんよ」
「重いんだって天狼は、体大きいんだから」
「あったけーだろ?」
「暑苦しい」
「ひっでー、俺ちん傷ついた」
「ちょっ、歩けないから体重かけないで……ああもう、分かったからとりあえず乗っかるのはやめなさい」
はあい、と素直に間延びした返事ひとつで奇妙な生き物は二人の人間に戻った。
「どこならいい?」
「邪魔にならなければどこでも」
「じゃあ手。こっちの」
「殊勝だね」
「そうだろ」
にいっと天狼が笑顔になると、握っていたはずの冷えた右手は温かい指先が攻略していた。十六夜は体を一歩右の方へ寄せて手を握り返した。天狼が十六夜に触れて落ち着くように、十六夜は天狼に触れて安心した。全く単純だ。こんなことで。
ああ、好きだなあ。そう思った途端また笑ってしまった。
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てんいざへのお題:やさしさってたぶん、君/「手をつないでもいいですか」/存在をいつも確認する(http://shindanmaker.com/122300)
てんいざの日2012
2012/10/16