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ANOY.OMG

​#零の軌跡 #ロイド×ヨナ #R18

 キスをするとき、偶に思う。唇という感覚器官が他人のそれに触れるとき、何がしかの言葉を受け取るのは何故なのか。それらの、時には発声することのできないような言葉こそが、紛れも無く相手の本心だと思えるのは何故なのか。仮に本当にそうだとするなら、唇だけがそれを伝えるのは何故なのか。
 あくまで直感にすぎないが、唇で感じる言葉は言うなれば脊髄反射のようなもので、つまり脳を介していないように思う。
 心にもないことが頭にはあるのだから、嘘をつくのは脳である。ヒトの脳は、コールドしているはずの90%を無意識の水中で回し、無数の嘘を意識の可視水面に吐き出しているのだ。人が話すときは幾らかの本当と無数の嘘の中を組み合わせて台詞が作られる。唇が独自に訴える言葉はおそらく、思考され、発声されるための言葉とは異なり、脳が干渉し得る場所より深いところから滲み出るものだろう。無意識から直接来るものだから、理解はできても形が見えず、言語化に苦しむのだ。
 それとも、と声に出さずに呟いたところで、わずかな身動ぎによってヨナの思考は途切れた。肩にこめかみを当てて支えていた頭を重たそうに持ち上げ、不満げな目を向けたヨナの頭から手を離し、ロイドはごめんと謝った。
「考え事の邪魔したみたいだな」
「別に、どうでもいいことだけど」
 付け加えるなら完全に専門外の分野である。しかし最初は、次に買い足す記憶結晶の容量を検討していたはずだった。ロイドが近くにいるとやけに気が散る、という自覚がヨナにはあった。論理的に組み立てていた思考が知らず跳躍し、作りかけの残骸を残して全く関係のないものを完成させようとする。この苛立たしい現象は、ロイドが近くにいるとき、特に二人きりでいるときにしばしば起こった。
 ヨナは、固いソファに背を預けるロイドの膝にぺたりと座ったまま、再びキスをした。
 先の数秒間に考えたことも、薄い皮膚の接触を通して、言葉となって伝わるだろう。ただし、それが相手に読み解ける言語であるか、そんなことはきっと女神も管轄外だろう。
 薄く目を開いてみると、滑らかな瞼と焦茶の睫毛が近すぎてピンボケしている。柔く触れる唇からは、居心地の悪くなるような好意が伝わってくる。無理やり言語化するなら、幸せだと彼は言っている。心に触れて繋がりたいと願っている。もっと深く、ヨナ・セイクリッドという人間の奥底までその手で暴き、全てを知りたいと望んでいる。
 好きにすればいい、とヨナは思う。分岐点を作るのは自分だが、何を選ぶかは相手任せだ。
 唇は掠める距離でヨナの名を呼んだ。か細い蝋燭の火を消さないように、そっと、貼り付いた霜を溶かすように。ヨナが舌先をちらつかせると、逡巡するように眉を寄せ、たまらないと言うように瞳を揺らした。全く素直だ。
 唇の隙間へ侵入を許し、絡む水音に眠気すら覚えながら、ヨナはテーブルの上のピザの空箱に視線を遣った。
 ピザは特別好きなわけではない。都合が良いから頼っているだけ――ということは、都合の良い自分はピザか。笑える。
 ロイドが初めて迫ったとき、ヨナは容易に体を許した。こういうことには慣れている、出し惜しむほど良いものでもないし、使わせてやってもいい、という主旨のことを、ひどく投げやりな口調で言った。それは固い矜恃とも幼い自衛とも取れる。あくまでも自分の望みではないのだと主張し、しかし許可してやることで、相手より優位に立とうとしているのではないか。それをロイドはトラウマではないかと言ったのだが、肯定は得られなかった。ヨナは、何もしないだけだ、と珍しく神妙な様子で呟いた。
 透明な糸に引きずられる。
 服の内側で肌をするりと撫でられ、ヨナは小さく身を震わせた。指と掌が脊椎に沿って往復し、脇腹を辿り、腹から胸へ上る。邪魔そうに引っかかるTシャツを脱ぐと、ロイドは片手を下へ滑らせて細い肩に口づけた。
「ヨナは柔らかいな……」
「あっ、ちょ、ケツさわんな」
 浮かせた腰を逃がさないとばかりに引き寄せ、尻を撫で摩る。ロイドは更にヨナの耳へ舌を這わせた。つい竦めた首は思うように動かない。
 駄目だ。ゾクゾクする。
 溝を丁寧になぞり、にじり寄るように内側へ迫ってくる。響く音に溺水の錯覚を得る。生き物のような、電流のような何かが体中を駆け回り、その証のように涙が滲み出た。視界に入った手までうっすら紅潮している。シャツを脱いだロイドにヨナはローションの容器を放り、残った下衣を脱ぎ捨て、慣れた手付きで相手のベルトを引き抜いた。
 視線の交錯。彼のような真人間でも、これほど後ろめたい期待に染まった目をする。
 ヨナはわずかに首を傾けてファスナーを下ろし、熱を孕むそれを取り出した。ローションでぬるつく指は谷へ割り込み、菊紋を丁寧に刺激する。くすぐったいのを堪えて根元へなぞってゆき、裏筋を擦るとそれは持ち主より更に正直な反応を見せた。雫が生まれ、熱い溜息が疎らに落ちてゆく。
 いつも余計なことばかり言うくせに、とヨナも一度罵ったことがあるほど、ロイドは喋らなかった。そもそも人間は興奮すると饒舌になるものだが、その興奮が性的なものであるときには言葉を失う。それだけでは何の意味もなさない短音ばかりを繰り返す。それこそ鳴き声のように。普段どんなに知性を振りかざしていても、動物的な行為に及ぶときは動物に戻るというわけだ。
 指を埋め込まれて鳥肌が立った。内側から慎重に押し広げてくる。抑えきれない声が喉の奥から上がってくる。快感とは言えない、変な感じとしか言いようのない圧迫感。傍から見れば滑稽だろう。男に尻を弄られながら、その男の逸物に奉仕している。生憎そんなことに興奮するような変態ではない。しかしこいつはそうかもしれない、と思うとヨナは少し腹立たしくなる。相手ではなく、言い訳してまで付き合う自分の自己評価の低さが。
「……指抜けよ。ちょっと本気出すから」
「え、うん……?」
 雁首まで口に含むと特有の味が舌を刺す。吸って離すと敏感に跳ね、鈴口を抉ると堰を切ったようにだらだらと蜜を溢れさせた。唾液と混ざるそれを啜り、卑猥な音を立てる。
「ちょっ、待っ……」
 途切れた制止に続いてロイドの口から短い声が上がった。好きではないのに得意というステータスが実際にあることを、何もこんなことで知らなくても良かったな、とヨナはシニカルに微笑んだ。脈動が唇から伝わり、鼓動がシンクロしてゆく。空回りそうなくらい速い。
 見上げると涙目のロイドと視線が合い、おかしくて笑ってしまう。本番はこれからだというのに情けない顔だ。
「精々長く持たせろよ?」
 コンドームを被せた屹立に手を添えて、体内に飲み込んでゆく。切れ切れに声を上げたのはロイドの方だった。これだから童貞野郎は、とヨナは隠微に悪態をつき、構わず腰を沈めた。
「そんなにイイのかよ」
「すごい……」
「まだ動いてないんですけど……」
 一つ、長く息を吐いて、異物感に慣れるのを待つ。固いクッションにしがみついている手を掬うと、ロイドはヨナの手を握った。落ち着かない指先が無様だ。
 体が焦らされていると勘違いして腰を揺らす。雫が垂れた。ゆっくりと伝い落ちてゆく感覚にぞくりとする。半ば無意識に手を伸ばし、撫でる。小さく震えたそれと、同時に締めつけた体内で跳ねたそれはやはり同じものなのだと感じる。つまり、同じものを持った同じ生き物同士が交わっている。こう言い換えてみると、批判の余地などないように思えておかしい。
 名を呼ばれ、顔を上げて首を傾けると潤んで揺らぐ瞳があった。だらしなく開いたままの唇は濡れて艶めいている。
「は……いい顔するじゃん」
 きちんと固まったものほど跡形もなく崩れるのだ。唇を寄せると、ロイドの方から柔らかく塞いだ。
 最後に残る理知の在処。
 何が伝わる?
 こいつは馬鹿だ。同じことばかり。
 僕からは何が?
「ん……にゃろう……」
 背筋をなぞるような指先に不意をつかれた。応じてやるのは構わないが初心者のくせに生意気だ、と自分を棚に上げ、ヨナは不敵に唇を歪めて笑った。腰を少し浮かせてグラインドさせると、爪先から痺れるような感覚が、じわりじわりと這い上がってくる。
 ロイドがまた名を呼んだ。何か言いたいことがあると、枕詞のように呼ぶ癖があるらしい。
「こういうの、野暮かもしれないけど……」
「別に、今に始まったことじゃないし……んっ、なんだよ?」
「……どうしてこんなことを……?」
 確かに野暮だ。少し冷静になった頭でヨナは思い返した。
 朧気に記憶している中には、遍く少年という存在を愛した者も、単に性欲の捌け口を探しただけの者も、自分より弱いものを陵辱することでしか自らを確認出来なかった者もいる。唇で知った。彼らにとってヨナは、ただ都合が良かったというだけだ。
「……ボクがするんじゃない。アンタらの好きなようにさせてやってんの」
 それは何故、とロイドは目で問う。良く喋る目だ。面倒くさい。理由らしい理由などないのに。
「変な心配しなくても、きっちり仕返ししてるから、いいんだよ」
「仕返し?」
 そう、と言って首に腕を巻きつける。体を密着させ、狭い壁に押し付けられてびくついたそれに思わず唇を舐める。
「研究者ってのは、条件を満たすなら何でもいいんだ。それってさ、同じ条件ならボクじゃなくてもいいってことだろ」
 あるいは、本当に欲しいものとは違うけれども類似品で代用する。最低限の利用価値で妥協する。都合が良いとはそういうことなのだ。
「だからそういうナメた奴らを、ひいひい言わせてやったんだ、よっ、と」
 ずぶりと貫く。びくりと跳ねる。小刻みの呼吸に合わせて上下に揺れる。掠れた声が耳障りだ。優越感というならそうかもしれない。立派な格好の大人に、子供の自分が普段の姿からはかけ離れた痴態を演じさせる、それは少し楽しいような気がするのだ。
「それが、仕返しなのか……っ」
「アンタもやってみたらわかるんじゃね?」
 やらないから、と律儀に答え、ロイドは上体を起こした。流れるようにヨナを組み敷いた動作は、その体に染み付いた制圧術の応用だろうか。
「それじゃ、今は……?」
「今、っつーか……アンタの相手してやんのは、面白いからだけど」
「なんだそれ」
「からかってやってんの。五コ下のガキにこんな風に遊ばれて、楽しそうだなぁ、バニングス捜査官」
「そういう言い方するなって……」
 態度は萎れてもヨナの中で滾る熱塊は萎えない。禁忌に触れて一層掻き立てられる劣情と、負けじと否定を叫ぶ純情。果たして本物はどちらなのか。
「俺はただ、ヨナが好きなんだ」
「バカ言うな、丁度いいってだけじゃんか。だいたい、この状況で言われても説得力ない」
「いいさ。何度でも言ってやる」
 のんきな奴、とヨナは唇を噛んだ。ロイドが本気だということくらい、とうに分かっている。声にして表す言葉でも、体の奥の交わりでも伝わらないものを、その唇はしつこいほどに訴えてくるのだから。冗談と決めつけた振りで取り合わないのは、彼に対するヨナの仕返しだということに気付いていないのだろうか。
 ロイドは突き上げて揺さぶる合間に何度かキスをした。目を閉じるとヨナは思考する。受け流すだけの自分の唇は何を伝えているのだろう。気にならないわけがない。脳味噌も嘘をつくなら、頭で思考することと体が表現することは全くの別物だ。自分の知らないところで、もう一人の自分が勝手に何か喚いているようなものだ。そうか、だから翻訳機は単純な機械なのか。叩き出した結論は見事に論点がずれている。
 また何か考えてる、と半ば諦めたような顔をしてロイドはぼやいた。
「自信なくすな……」
「それはボクのせいじゃないから」
 ヨナはわざと嫌味たらしく笑ってみせた。知りたいなら知ればいい。0と1の羅列に変換して頭から順に計算すればいい。ヨナが何も言わなくとも、唇は全てを代弁するはずだ。
 そうしてかつてないほどに意味のありそうな、空っぽにしか思えないキスをする。

 

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ANOY.OMG

​2012/12/14

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