top of page

​うつぶせ

​#零の軌跡 #ロイド×ヨナ #23*18軸

 果実酒の甘い匂いがする。部屋中にこの匂いが充満しているとすれば、今は別段気にはしないが後で嫌になるだろうな、とヨナは思った。
 広からず狭からず、一人なら丁度良いが二人では少し手狭に感じる、その程度のワンルームだ。さして大きくもない一般的なテーブルの上の、普段その大半を占拠している導力ネット端末とごちゃごちゃした周辺機器を脇に積み上げて作った手狭なスペースに、細長い酒瓶と味気ないガラスのコップが二つ並んでいる。
 三十分程前、導力通信で『今から会いたい』と唐突に言い出したときには、ロイドは既に宿舎の前あたりまで来ていたのだろう、とヨナは推測している。『別にいいけど外には出ない』と答えるとすぐに、部屋の呼び鈴が鳴り、扉の向こうには少し申し訳なさそうな様子でロイドが立っていたのだ。
”急にごめん。なんていうか、堪らなくなって”
”……アンタ、酒飲めたよな”
 ヨナがそう言ったのは、数ヶ月前に同僚から貰った果実酒の消費期限が迫っているという全くの偶然に起因するものでしかなかったが、これは失敗したかな、と少し後に思った。普段通りに当たり障りのない会話から始めたロイドは、酒が進むにつれて口数が減った。四杯目あたりから黙り込んでいる。頭の中が忙しいのだろうと、ヨナは敢えて話を振らなかった。ロイドが粛々とコップを空にするたびに酒を注いでやり、自分も少し飲んだ。
 我ながら甲斐甲斐しい、と隠微に笑う。沈黙は居心地が悪いはずなのに、今夜は急かす気分にもならない。睡魔の忍び寄る足音が聞こえそうだ。昨夜眠った記憶が無いのは徹夜したからだろう。偶にはゆっくり眠ろうという一時間前までの思惑を置き去りにするように日付が変わった。
「なあ、ヨナ」
「んー……何か言う気になったかよ?」
「隣に来てくれないか」
 椅子は二つしかない。はいはい、と言葉を投げ捨て、椅子を引きずった。ロイドはそれをじっと見つめていた。返事をし、気怠く立ち上がり、滑り止めが悪足掻きする音を立てて椅子を引きずり、彼の隣へやって来たヨナが、真正面から少し右へ回転した向きになっている椅子に座った後も。ちらりと一瞬、視線を交えてから溜息を吐き、ヨナは椅子の背に凭れかかった。
「……来たけど」
 何がしたかったんだ、と問われる前にロイドはヨナの細い肩を掴まえて抱きしめた。アルコールのせいで心拍数が上がっている。胸を内側から殴りつけるような激しい鼓動がぶつかり合う。おもむろに接吻した唇の感触よりも、甘ったるい匂いの方が鼻についた。肩を押し返した上目遣いのヨナは眉間に皺を寄せていた。
「盛ってんじゃねえよ」
「……したい。このまま、すぐに」
「アンタ酔ってんだろ」
「多分」
 呼吸が荒く、身体が熱い。これが酒のせいでなければ、と立てかけた仮説は何かおぞましいような気がした。頬のそばかすを愛しげに撫でる指と視線を、ヨナはくすぐったいと思う。力が抜けて熱ばかり増して、重要なネジが一本抜けてしまったかのようだ。背筋に軽い痺れを感じた。酔っているというなら彼も酔っている。元々、酒への耐性は人並みにもあるかわからない。
 ヨナは短く溜息を吐き、人を小馬鹿にしたような、五年前から何一つ変わっていない笑みを浮かべた。
「いいぜ。酒飲んだ勢いでセックスして、気付いたら朝でしたとかサイテーじゃん」

 


 夜中に何度も抱きしめられた。眠りが浅かったようだ。ロイドは浮ついた掠れ声でヨナの名を呼んだり、小恥ずかしいことを囁いたりしながら、寄り添うように背中から抱きついてきた。ヨナはその度に、腕の重みに数秒遅れて意識を底の方から引きずり出したのだが、寝ぼけ眼で体の上から腕を除けるときには入れ違いにロイドが眠りに落ちていて、暑苦しいとぼやいても何の反応も返ってこなかった。
 一体どうして今夜のこいつはこんなに様子がおかしいのか、とヨナが考えたのは、窓の外が明るみ始めた午前四時過ぎのことだった。
 項を無数の糸にくすぐられ、もう酒も抜けていた頭が覚醒した。警戒しながら体に乗っていた腕を除け、振り向いて見て、額を擦り寄せたロイドの前髪が当たったのだと分かった。体を起こして首筋を摩りながらじろりと睨む。
 こんな風に、今夜は妙にベタベタしすぎる。過剰で無意味なスキンシップは嫌いだ。今更知らないなどとは言わせないつもりだが、そういえば愛撫も交わりも丁寧を越えてしつこかった、と思う。一瞬でも手を離したら消えてしまうとでも思っていたのか。乙女じゃあるまいし、と吐き出しても気の緩みきった寝顔は何も答えない。
 堪らなくなって、と最初に言っていた気がする。何が堪らなくなったのだろう。会いたくて。触れたくて。やりたくて。候補はまだ挙げられそうだが、そんなことをしても結局曖昧なのは変わらない。
 ベッドから抜け出し、用を足して戻ってくると、ロイドは目を覚ましていた。起こした上体の肌は露わのまま、まだ眠気の抜け切らない目で微笑んだ。おはよう、と早朝から爽やかすぎる挨拶だった。ヨナは答える代わりに欠伸をした。ベッドの縁に腰掛けると、きしきしとスプリングの軋む音を立てて、後ろから抱き竦めてきた。
「まだ暗いのに……良く眠れなかった?」
「ハア? アンタが起こすんだろ」
「え、そうなのか?」
「そうなの。だから離れろ。暑っ苦しいんだよ。こっちが何回言っても全然起きないくせに、除けても除けても引っ付いてきやがって」
 次の瞬間、視界がぐらりと傾いだのをヨナは寝不足のせいだと思った。しかし実際に傾いだのは彼の視界だけではなく、身体そのものだった。ロイドの腕がそうさせるままにベッドに倒れ、熱い溜息を頭上に聞いて険しい顔をする。
「頭いてぇ……」
「ごめん、ぶつけたか?」
 そうじゃない、とヨナは言ったが、頭をそっと撫でる手はそのままにしておいた。頭痛は軽い。三日続けて徹夜した次の日、丸一日寝て過ごした後の方がひどかった。ただしそれはあくまで物理的な側面の話である。
「もう無理だっつの。発情期かよ」
「発情期って、犬や猫じゃないんだから」
「じゃあそのお元気な息子さんは何なんだよ」
「これは……仕方ないだろ」
「勘弁してください」
 素っ気なく押し返そうとした手を握られて舌打ちした。あの果実酒に何か入っていたのか。しかし異変があるのはロイドだけで、そもそも酒を飲む前から、通信を掛けてきたときから彼の様子はおかしかったに違いない。ヨナは瞑目した。こんなロイドは知らない。きっと忘れたくても忘れられない。何しろたった一晩でこんなにもうんざりしている。
「どんだけ溜まってんだ。なんでそんなに体力有り余ってるわけ?」
「いや、なんか……全然、収まりがつかなくて……」
 堪らなくなって。収まりがつかなくて。と、いうことは。つまり。
 つまり、アンタ、あれか。区切りを強調して呟き、更にたっぷり二秒間考え直してから同じ結論に行き着いて、ヨナはのろのろと枕に顔を埋めた。つまり、ロイドの日頃の鬱憤と性的欲求不満が奇跡にも等しいタイミングで手を組んだ夢のような解消コンビクラフトの直撃を受けていたのだ。勿論皮肉である。しかも、どうやらまだ終わらない。
「最悪。最低。バカチンコ」
「ヨナ」
 短く窘めるこの呼び方も聞き飽きてしまった。頭の天辺まで毛布を引っ張りあげて潜り込むと、声が遮られて良く聞こえなくなった。いい気味だ、とヨナは欠伸をした。相手をしてやるかどうかは、あと二時間寝てから考えることにする。

 

------------------------

ナチュラルな下ネタ

​2013/03/10

 ​前のページに戻る

bottom of page