必要最小限の悪夢に必要な火
#+C #ヘクトル×十六夜
十六夜が真っ暗な指で、縺れないよう丁寧に梳いた髪を後頭部へ寄せて纏め、口に銜えていた紐を取った。少し俯いて晒される項に後れ毛がかかり、ささやかな影を落としている。ヘクトルは静かに嘆息した。
「美しい」
え、と十六夜は声を漏らして振り返った。指の隙間から銀糸の髪がはらりと零れた。
「あの……あ、髪が、ですか」
「髪も勿論綺麗だが、美しいと言ったのは君の全てだよ」
「……またそう言って、からかってるんでしょう」
「失敬な。いつだって本気さ」
「やめてください」
十六夜は慌てて背を向け、髪を括った。手際が良すぎて勿体無い。ヘクトルは苦笑したが、それ以上は言わなかった。
照れも恥じらいもせず、十六夜はただ拒絶した。ヘクトルの言葉を、そんなはずない、と撥ねつけた。ヘクトルは首を傾げる。この少年は何故だかいつもこうなのだ。
十六夜が半ば怯えて様子を窺っているのに気付き、手招きする。恐る恐る近付いた十六夜の髪に指を伸ばすと、僅かに俯いた。次にかけられる言葉を想像しては否定しながら、逃げたいのを堪えているに違いないと思った。
「褒められるのは嫌か?」
「そうじゃないんです、けど……僕が美しいなんて、そんなこと、あるわけない」
「俺の感性をそう頭ごなしに否定しないでほしいんだが」
ヘクトルは、口ごもる十六夜を素早く抱き込んだ。腕の中で身を硬くする十六夜の耳元へ、唇が触れそうな近さで囁きかける。
「じゃあ確かめよう」
「あのっ……」
「君の美しさが気のせいじゃないってことを確認するんだ」
十六夜は敏く、今度は逃げ出そうとしたが、ヘクトルはその手をするりと絡め取った。腰に後ろから腕を回して引き寄せても十六夜は足掻いていた。
「やめてくださいっ」
「君が本当に嫌だと言うなら、端からこんな乱暴にはしないよ」
この一言で十六夜は首筋まで真っ赤になった。どんな言動より正直な、否認とせめぎ合う肯定の意思表示だ。
独特な前開きの衣をくつろげて肌をわざと晒し、優しく撫でてやりながらヘクトルは続けた。
「とは言え、俺も人だからな、万に一つくらい間違えることもあるだろう。異論があるなら今のうちだぞ」
俯いた十六夜は何度か唇を動かした。月光の映える髪がその顔を隠しても、視線が右往左往しているのが分かった。ヘクトルが首の付け根に口づけると、びくりと体を震わせ、声を漏らした。
「ヘクトル様……」
破裂しそうなほど心臓が空回って呼吸もままならない。十六夜は恐怖すら覚えて目を閉じることもできなかった。伝わっている。見透かされている。この男には何も隠すことなど出来ないのだ。はじめから、何もかも。
ヘクトルは十六夜の体を強く抱き、我ながらあざとい、と自画自賛するような声で言った。
「このままもう一度、君を抱くよ」
黙して頷きかけた十六夜に、止めとばかりに熱を孕んだ彼の陰茎を掴む。柔く擦る一方で躾けるように耳朶を噛むと、徐々に張り詰めて溢れた蜜がヘクトルの手を濡らした。十六夜は泣き出しそうな声で縋った。
「……もう、許して……」
「ああ、燃えるよ、そういうの」
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天枢×十六夜なのでこれも一応てんいざ
2014/05/23