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開放的恣意的内向的閉塞

​#弱虫ペダル #真波×東堂

 荒北の言い分はこうだ。
「だからァ、仲良すぎンだって。仲良いのは良いコトって、まァそうだけどヨ、コイツらのはチームワークとか先輩後輩のレベルじゃねェだろ。福チャン気になんねーのォ?」
「いや。仲が良いな、としか」
「あぁそう。そうだよな、オレも最初は気にしすぎだって思ったヨ。けどさァ、何度も目の前でイチャイチャされてみろって。なんか本気で腹立つ。あと邪魔だ。立入禁止みてェなニオイさせやがって。せめてオレの知らねェとこでやれ、バァカ」
 隣の新開に尋ねると、彼は僅かに首を傾けて言った。
「まあ、似たようなことはオレも思ってたよ。急に仲良くなったんだなーって。けど誰も何も言わないからさ、寿一も気にしてないみたいだし、見守っとけばいいかなと思って」
「そうか」
「うん。だって悪いことじゃないだろ。な、靖友」
「そりゃ悪かァねェけど」
 荒北が目をすがめて見る先には東堂が斜めに座り、腕を組んで唇をとがらせていた。珍しく足まで組んでいる。普段なら話しかけることすら躊躇うほどの、あからさまな不機嫌のサインを福富はあえて無視した。主将としてこの緊急会議の議長を務める以上、まずは出席者全員の意見を聞くつもりだった。
「東堂、お前はどう思う」
 最後に指名された東堂は、待ちわびたと言わんばかりに殊更ゆっくり立ち上がった。一同を見下ろす目に威圧感が漂う。
「では言わせてもらうが、お前たち一体何の話をしているのだ」
「オメェと真波の話」
「馬鹿にするな荒北。そうじゃない。まさかと思うが、これが今日の議題じゃないだろうな」
「そのまさかだ」
 東堂は福富をじっと見つめた。また真顔で冗談を言っているのではないかと疑っている。しかし福富が何も言わないと見るや、向き直って荒北を指差した。
「それはそれとして荒北、お前の発言には問題があるぞ。何をどうしたらオレと真波がイチャイチャしているように見えるのか簡潔に説明しろ!」
「自覚ねーのかよ!」
 東堂は唇を奇妙な形に歪めて新開を見た。納得できないから代わりに説明しろと要求しているつもりらしい。新開は頬を掻いた。
「あのな尽八、靖友は妬いてんだよ。真波がおめさん独り占めするから」
「やめろ気色悪ィ……」
「全くだ。冗談でも寒気がする」
 新開は全く悪びれずに笑う。あながち冗談でもなさそうだと福富は思った。
「自分じゃ気付いてないのかもしれないけど、それくらい、いつも真波と一緒にいるってことで」
「あいつがついて来るだけなのだが」
「ハ、それだけじゃねェだろ。今日はそんなヌルい言い訳じゃ済まさねぇヨ」
「荒北、一体どうしたのだ。最近嫌なことでもあったのか」
「それ本気で言ってンじゃねえだろうな!」
 東堂は困惑した様子で福富を見た。オレが何をしたと言うのだ、と目で訴えかける。今にも掴みかからんばかりの荒北を新開が制したのを見てから、福富は咳払いをした。
「さっきのアレのことでいいんだな、荒北」
「そうだヨ」
「おい、アレとはなんだ、新開も知っているのか」
「ついさっきのことだからなぁ」
「アレは今日の午後六時頃……」
「ここ、後で回想いれといて」
「メタな発言はよさないか」

 


 あれからまだ一時間も経っていない。最初、ロッカールームにいたのは福富と荒北の二人だけだった。練習を早めに切り上げ、着替えてから部室で作戦会議をする予定だった。そこへ東堂と真波が揃って戻ってきたのだった。
「オレ、今日は調子良かったみたいです。すごーく楽しかった」
「うむ、良くついて来た。頑張ったな」
 東堂は、真波の頭の方へ手を伸ばした。褒めるついでにちょっと撫でてやろうという意図は傍目にも明確だった。東堂はどこか図々しい態度の割には相手と一定の距離感を保つので、短期間でここまで気を許すとは、と真波に対して福富は感心したほどである。
 しかし真波はその手が触れる前に、驚いた様子で後ずさった。それは福富にとってそうだったように、東堂にとっても予想外の反応だったに違いない。彼は目をぱちくりさせていた。
「なんだ。嫌か」
「や、何されるのかと思って。急に手、出すから」
 東堂の右手は行き場なく宙に浮いたままで、それをチラチラと真波が窺っている。よもや殴られるなどと考えてはいないにしても、本当にその意図が分からず戸惑っているようだった。
 東堂は溜息を一つ吐き、両手で真波の頭を捕まえて押さえこむと、髪をくしゃくしゃに掻き回した。
「うわっ、東堂さん何するの」
「人の好意をそんな風に無下にするやつがあるか」
「前が見えない」
「少しはオレに集中しろ!」
 軽く頭をはたかれた真波は、乱れた髪で顔が隠れたまま「えーい」と間延びした声を上げて東堂に抱きついた。胴にタックルでも食らわすような勢いだった。よろめいた東堂は背中からロッカーにぶつかり、怒り出すかと思いきや笑い始めた。
「そういう意味じゃない」
「あは、すいません。お返しです」
「仕返しの間違いだろ」
「だって前見えなくて。あ、東堂さんの体ってちゃんと締まってる感じがしていいなあ。アスリートっぽい感じしますね」
 真波は大雑把に前髪を掻き上げて東堂を見上げた。そこへ新開が入ってきて、事も無げに真波の後ろを通りがてら声をかける。
「またじゃれてる。ほんと仲良いな」
「暑苦しいことにな」
「いいじゃないですかぁ」
 それから改めて東堂は真波の頭を撫でた。真波につられてか、頬を緩ませて目を細めながら。
 福富は思った。二人の世界とはまさしくこのことだろうなと。彼らを包む僅かな空間だけが、その柔らかな手触りを以ってあらゆる異物を排斥していた。彼らには、偶然その場に居合わせて一部始終を黙認した他人、ましてやその一端を目撃するなり静かにドアを閉めた他人――これは黒田で、その後ろに泉田が見えた――のことなど完全に頭にないらしかった。
 もはや苛立ちを隠そうともしない荒北が聞こえよがしに大きな溜息を吐いた。
「あのさァ、オメーらちょっと仲良すぎじゃナァイ?」

 


 荒北の発言を皮切りに事態は発展し、舞台を部室の一角に設けたミーティングスペースへと移したこの緊急会議である。
「したらオメェ真波だけ先に帰すしヨ」
「お前がそうやって睨むからだ」
「睨んでねェよ」
「荒北はいつもこうだ」
「寿一、それじゃフォローになってないぜ」
「とにかく、只事ではないと思って来てみれば、議題がこれだから呆れるぞ。オレが後輩と仲良くしたから何だというのだ。あれくらい普通のことではないか」
「普通じゃねェよ」
「どこが」
「東堂、ホントに自覚ねェみてーだから言ってやるけど、あれはイチャついてる以外の何でもねェわ。見せつけられる方の身にもなれ」
「待て、何故だ。お前達だって後輩とスキンシップはとるだろう? 頭とか肩とかポンポンしてるだろう!」
「オメェらのはもう全然レベルが違ぇンだヨ!」
「おい、落ち着け」
「だってコイツぜってーおかしいって!」
「言いがかりだ、おかしくなどないぞ! それでもおかしいというなら、オレじゃなく真波がおかしいのだ!」
「どういう意味で」
「真波はな、あいつはな、可愛いぞ!?」
 遠雷が轟く。東堂は至極真剣な眼で一同を見回した。荒北は絶句している。福富は席を立った。新開は短く口笛を吹いた。
「嵐の予感」
「何のことだ?」
「両方かな」
 福富はまだ外にいる部員を早めに戻らせるよう指示してから戻ってきて、真面目に首を傾げた。
「真波は可愛いのか?」
「ああ可愛いぞ。親戚の子供とか、縁側のスズメとか、近所の犬とか、そっちの部類だな。つい撫でたくなる感じが特に」
「そこ同列でいいのかヨ」
「でも、そういうことならなんとなく分かるよ。なんとなくだけど」
 新開は頷いたが、福富は俯いた。スズメに何某かの感情を抱いたことはないものの、真波が他人に可愛がられるような雰囲気を持っているという点には共感もできる。しかし、彼に子供や犬のイメージを被せると違和感が生じた。人懐こい笑顔以外の全てが微妙にずれている。
「可愛いのか……」
「福チャンしっかり。そんなマジメに悩むほど大事なコトじゃねェぞ、これ」
「お前の目には真波がスズメに見えるのか、東堂」
 その瞬間、東堂の目が口よりも早く「そんなわけないだろ」と言った。
「まあ、少なくとも人間じゃない、人語を解するケモノか何かだとオレは考えることにしているが」
 二度目の遠雷が轟く。新開だけが朗らかに笑った。
「すげえな、尽八」
「すまないがオレには理解できん……」
「悲しいことだな。天才の感覚は必ずしも万人の理解を得られるものではない」
「うっぜ」
「うざくはないな!」
 段々と湿気を帯びる空気が体にまとわりついた。福富は自身の疲労をゆっくりと確かめた。練習の後に必ずやる、癖のようなものだ。暗雲は未だ遠く、それでも何かが手遅れのように思えたのは、荒北が横顔に諦めを滲ませていたせいかもしれなかった。
 人を落ち着かない気分にさせる初夏の長い夕暮れ、その終わりに、これ以上は蛇足と判断した議長の英断を以って緊急会議は閉会した。
 続く各自解散の号令にもかかわらず四人揃って部室を出ると、外で真波が待っていた。渦中にあることを知ってか知らずか、帰っていれば良かったのにと言いながら満更でもなさそうな東堂を迎え、照れくさそうに笑う。福富にはその光景が空恐ろしかった。
 違和感の正体が分かったのだ。東堂の言ったとおり、真波山岳が人ではなく獣か何かだとするならば合点がいった。彼の笑顔に重なる虚像は、愛らしい容貌と綺麗な羽根と鋭い爪をすべて具え、鮮やかに人語を操る空想上の怪物のかたちをしている。

 

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荒北語ェ

​2014/09/26

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