うつくし
#弱虫ペダル #福富+東堂
「自分で言うのも妙なんだが、これはなかなか珍しい取り合わせじゃないか?」
東堂は小首を傾げて隣を見遣った。ああ、と低く言って福富が頷いた。体格の割に小ぢんまりとした居ずまいが不釣り合いで可愛らしい。がっしりした手で包んだ湯呑は一回り小さく見える。
「なんだ」
「いや、落ち着くなと思って」
「そうか」
「フクは違うか?」
「同じだ。落ち着く」
声の残響が消えると、ずず、と控えめに茶を啜る雑音も響くほどの静寂だった。福富はゆったりと息を吐いた。味の差異が判断できるほど茶を飲み慣れているわけではないが、東堂の淹れた茶は美味いと思える。期待に満ちた視線を感じた。
「うまいか」
「ああ」
「どんな風に」
「……趣を感じられる」
「古文か」
わはは、と東堂は、普段の豪快なそれではなく、もっと鷹揚に笑った。
「まあ、気に入ってくれたなら良かったよ。実は自分で茶を淹れたのは初めてなんだ」
「そうなのか」
「周りに気の利く女性が多かったからだろうな。あ、これは内緒だぞ、特に荒北には。あいつ、旅館の息子のくせにって絶対言うだろ」
「かもしれない」
福富は、椅子の背にもたれた東堂を眺めた。眩しそうに目を細めて前髪をいじる彼は頬をほのかに染めていた。確かに陽射しは十分すぎるほど暖かい。仰ぐ瞳のきらめきも順光のせいだろうか。
東堂はするりと視線を流して福富を捉え、微笑んだ。
「どうした、オレの顔に何かついているか?」
「いや、ついてない。こうやって二人で話せるのは初めてかもしれないと、思っただけだ」
「そうか? ……うん、そうだな。確かに。おまえの周りはいつも誰かがいる」
東堂は首をわずかに傾げたまま、目を伏せて頷き、小さく笑った。たまにはいいじゃないか。そう言いたげな口元は軽やかに緩んでいたが、福富が思うに彼の言ったことは逆だった。
いつも誰かが彼を見ていることを知っていた。彼が好んで人目を集めるせいだ。しかし今は違う。
東堂は小春の陽光に包まれ、深く呼吸した。鼻筋に落ちた前髪の一房とその影が、色づいた肌の上をさらりと滑った。
音が消えた。耳鳴りもしない。このまま俯いて眠ってしまいそうな彼のために、全てが息を潜めている。
不意に落ち着かなくなった福富は窓の外へ目を遣った。紅葉の盛りだ。
「東堂」
「ああ」
「今日は静かだな」
「うん」
言葉数が減ったのは本当に眠くなってきたのかもしれないと思った。続く言葉が出てこなかった。喉元がざわついた。戸惑いから思わず見つめてしまうが、東堂は身動ぎひとつしない。閉じてしまった瞼は滑らかに白く、いつも強気な柳眉が今はなだらかに流れている。ざわめきが増した。
福富は眉根を寄せた。ただ黙って隣に座っている状態が続くと独りでに居心地が悪くなりそうで、それは一緒にいる東堂に申し訳ない気がした。彼には何の非もないのだ。浮き足立つ理由がわからず、まだらに染まった山を眺めて茶を濁す。
東堂はかすかに呻くような音を漏らして目を開き、頭を軽く振った。
「悪い。こう暖かいと眠くなって……」
「気にするな。オレは構わない」
「そういうわけにはいかないだろ。このオレがカチューシャをつけたまま寝てしまうなど」
「……そっちか」
「うん?」
「なんでもない」
東堂はカチューシャを外し、片手で髪を乱雑に解した。光が微細に散った。額から後ろへ髪を梳き、慣れた手つきで再びカチューシャをつけると、わざと残した前髪を整え、最後にぴんと弾いた。それからふと振り向き、喉から脳裏まで広がったさざめきに為す術もない福富を、片眉を上げて訝しむ。
「具合でも悪いのか」
「いや……」
福富は残りの茶を呷り、空になった湯呑を手にしたまま言った。
「おまえはこんなに綺麗だったか、と」
何を今更と呆れるのか、当然だと胸を張るのか。福富の予想を東堂は全て裏切った。呆然と目を見開く。
「はぁ……?」
「すまん、おかしなことを言った」
「謝ることじゃない。しかし驚いたな。フクはそういうことを言わないやつだと勝手に思っていたよ」
福富を横目に見ながら東堂は急須を取り、茶を注いだ。まだ耳を疑っているのか忙しなく瞬きをしながら、唇はどこか楽しげな弧を描いている。
「見られてるなーとは思ったんだが、まさかその鉄仮面の下でオレに見惚れていたとは」
「鉄仮面」
「そいつのおかげで、おまえの考えることはオレには半分しかわからん。顔に出てればすぐわかるんだが」
東堂は笑みを見せた。湯呑を差し出すついでに、からかうような目をして福富を覗き込む。福富は押されるように頭を後ろへ引きながら瞬きを二回した。
しばし見つめ合い、やがて東堂は元の位置に戻って肩をすくめてみせた。
「東堂。おまえは綺麗だ、とても」
「ありがとう。照れるからもう言うな」
「意外だな」
「何が」
「おまえでも照れるのか」
「当たり前だ」
東堂は顔を一層ほころばせた。ふふ、と堪えきれなかったように浮ついた声が零れた。
「フクに言われるとやけに嬉しい。重みが違うというのかな、嘘じゃないのが分かる」
「誰も嘘はつかない」
「だがおまえの言葉が一番純粋だ」
「思ってもないことを本気で言えるほど器用じゃないからだろう」
「そういうのがちゃんと伝わってくるんだよ。だから余計に照れてしまう」
「可愛いところもあるんだな」
途端に眉をひそめ、東堂は首を横に振る。
「やめてくれ」
「嫌だったか」
「違う。惚れてからじゃ遅い」
「どういう意味だ?」
「考えろ」
言い終わるのとほぼ同時に、東堂はのびやかに欠伸をした。それはガラスの向こうに飾られた彫刻が、今だけはその頑固な保護壁を取り払って無防備を晒しているような、少なくとも福富にとっては非日常の光景だった。
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福東の可能性を示してくれた福ちゃん好きの友人に。
2014/12/14