Bright 第一話
#幻水2 #フッチ #ブライト
「怖がることはないよ……おいで……。今日から、君はブライトだよ……」
蒼い両目の白い身体は僕の腕の中に収まった。それから一ヶ月……。
「ねえ。ブライト。僕のペン、どこ行ったか知らない?」
抽斗の中を探すふりをしながら、部屋の隅っこの方へ呼びかけてみる。小さな白い竜がびくっとして顔をあげた。
「キュ、キュイイイ?」
無邪気そうに首を傾げてくれるけど、僕の目は誤魔化せないよ?
すぐ傍まで近寄っても、ブライトはしらを切っている。だけどその足元には、確かに黒っぽい毛のようなものが見えていた。一応確認するけど、ブライトにそんな色の毛は生えていない。
「ブライト。そこどいて」
「キュイイイイイ!!」
翼をばたつかせて抵抗するブライトをなんとか抱え上げると、案の定ボロボロになった羽根ペンが姿を現した。ああ、ペン先も曲がっちゃってる。まったくもう。また買わなきゃいけないじゃないか。
羽根ペンを回収してからブライトを床に下ろしてやる。悪いことをしたと分かってはいるのか、ブライトは耳も翼もしおれさせて縮こまった。分かってるならやらなければいいのに……怒る気も失せて呆れてしまう。
「こら、ブライト。人のもので遊んじゃダメだって、いつも言ってるだろ」
「キュウウウウ……」
僕が出会った新しい竜の子は、相当ないたずら好きだった。僕の持ち物がなくなる程度のことは日常茶飯事。本拠地に飾ってある壺は割るし、椅子はひっくり返すし、レストランに連れていけばウェイターにじゃれついて料理を台なしにするし……。ブラックはこうだったっけ? 僕は密かに溜息をつく。僕の方がわがまま言ってブラックを困らせたことはあっても、逆はなかったよな……。このままじゃブライトのためにもならないし、一回厳しく叱ったほうがいいのかな……?
その日の被害は羽根ペンだけで済んだ。でも次の日、また事件が起こったんだ。
「ごめんっ!! サスケ、本当にごめん! 弁償するから……」
今日はサスケと一緒に、風の洞窟へ修業に来ていた。そしたら、僕らが目を離してた隙に、ブライトがサスケのチョコを取っちゃったらしいんだ。実は前にも同じようなことがあって、そのときはなんとか許してもらえたんだけど……今のサスケは本当に怒ってる…。
「そーやっていつも甘やかすから付け上がるんだろっ! この竜モドキがっ!!」
「モドキじゃないよっ! ちゃんとした竜だよ! ……多分」
「キュイイイイイ!!!」
竜モドキ、と言われたのが分かったのか、ブライトは鋭い声を上げて小さな翼を広げた。その反省のかけらもない態度が余計にサスケをイライラさせてしまったらしい。まずい、と思った時にはもう遅くて、サスケは手裏剣を構えていた。
「おーおー、やんのかチビすけ?」
「ブライト!! ばか、お前もサスケに謝るんだよ!」
慌ててブライトを抱き上げ、かばう。でもそのせいで目線が近付いて、睨み合いになってしまった。
「~~ッ……」
「キュイイ……!」
ああ、もう、どうしろって言うんだよ!
なんとかサスケをなだめすかして、僕たちは部屋に戻ってきた。「次はねーからな」って、本当に手裏剣を飛ばしかねない勢いで凄まれたけど。
「ブライト、今日は夕飯抜きだからねっ!」
「キュウウウ……」
ブライトを檻に閉じ込めて、僕は厳しく宣言する。反省してるのか、わかってないのか、ブライトはすっかりおとなしい。大きな溜息を吐いて、椅子に体を投げ出した。
なんでブライトはこんなに僕を困らせるんだろ……後始末する僕の身にもなってよ……。
思考はマイナス方向に進むばかり。そして、つい考えてしまう。
ブラックだったら、こんなことなかったのに……って。
ブラック。僕の唯一の相棒だった、立派な竜……ダメだ、比べちゃいけない。わかってはいるけど……。
じわっと涙が込み上げてきて、テーブルに突っ伏した。ブライトに対する腹立ち、もちろんそれもある。けど、一番は自分に対する苛立ちだ。僕がもっとしっかりしてれば、ブライトだってもっときちんとした竜になれるはず……そもそも、僕がもっとしっかりしてたら、あんな風にブラックを喪うことだってなかったはずなんだ……。
何か暖かいものが頬に触れた。
「キュイイ…」
「……え、ブライト……? なんで……」
気が付くと、ブライトが鼻先で僕の頬をつっついていた。部屋の中はすっかり暗くなっている。泣きながら寝ちゃったみたいだ。……だったら、ブライトはどうやって檻から出たんだろう?
「………俺が出した」
「えっ? ……ハンフリーさん、いつの間に戻ってたんですか?」
「……さっきだ」
ハンフリーさんが目の前に立っていた。……また心配かけちゃった。表情をあまり変えない人だけど、長く一緒にいるからか、僕にも大体わかるんだ。これは心配してくれている顔。
「……何があった、フッチ」
いざ聞かれると決まりが悪くなって、つい口を閉ざしてしまう。
こういうとき、ハンフリーさんは急かしたりしないで、こっちから話すまでじっと待っている。それで余計に居心地が悪くなって、僕は逃げ出したくなる。だけど、それじゃダメだと教えてくれたのはハンフリーさんで。
ブライトが首を傾げて顔を覗き込んできた。また泣きそうになるのを堪えて頭を撫でてやり、重い口を開く。
「……実は……」
所々つっかえながら、僕は事情を説明した。ハンフリーさんは黙ったまま終わりまで話を聞き、小さく唸った。
「………そうか。……だが飯を抜くと、成長が止まるぞ……」
予想外の反応に面食らって、次の言葉が出て来るまで少し時間がかかった。
「……ブライトなら、一食くらい抜いたって……」
「……お前も食わなかったんだろう?」
そう言われるや否や、腹の虫がぐうっと鳴いた。かあっと顔が熱くなる。
「なんで、わかったんですか?」
「伊達に三年も、お前の保護者をやっていない……」
ハンフリーさんが僕の腕を掴み、ぐいっと引っ張って立ち上がらせた。……もしかしたら、一発くらい殴られたりして……。
体を硬くしていたけど、そんな心配はいらなかったみたいだ。ハンフリーさんは部屋のドアを開けて、こっちに振り向いた。
「……行くぞ。酒場ならまだ開いている」
「……は、はいっ!」
先に出ていく大きな背中を追いかけようとして、テーブルに座り込んだままのブライトに手を伸ばした。
「ほら、ブライト。行くよ」
僕はブライトをいつものように抱っこする。ブライトは背を丸めて、小さく鳴いた。
「キュイイイ……」(ごめんなさい……)
「え?」
いま、ブライト、なんて言った?
「キュイイイ。キュイ」(ごめんなさい。フッチ。)
「……ううん。いいんだよ、ブライト。さ、ごはん食べに行くよ!」
「キュイイイイイン!!!」(やったあ!!!)
ブライトがあんまり嬉しそうに羽を広げてみせるから、僕の方まで嬉しくなって、声をあげて笑った。
今、はじめてブライトと心が通じたみたい。ブラックとは当然のように通じていたからわからなかったけど、竜と心が通うのって、本当はこんなに幸せなことだったんだ。
でも、だからこそ。ひょっとしたら……ひょっとしたら、ブライトはブラックに負けない相棒になるのかも……。
そのためには僕がもっとしっかりして、今はまだ小さなブライトを支えてあげなきゃ。
「……あ! ハンフリーさん! 待ってください!」
僕は足どり軽く兵舎の階段を駆け下りていった。
------------------------
@yasuhitoakitaさんと共作。
あきたさんの土台に新田がちょっと手を入れるという形で作っています。
2011/05/27