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Bright 第二話

​#幻水2 #フッチ #ブライト #ルック

「てんめえ、ぜっってーわざとだろ! もー頭きたッ!!」
「サスケってば、落ち着いて……」
 またか、小煩いガキ。僕は水の紋章に魔力を注いでいた左手を下げ、呆れて溜息をついた。

 今、僕とフッチとサスケは、軍主リオウが考案した──というか唐突に思いついた協力攻撃の練習中だ。ナナミ曰く、美少年攻撃。全く、ふざけてるとしか思えないね。
 技の中身は、フッチとサスケに直接攻撃させた上から僕の魔法を被せるというもの。けど、どうしても前の二人にも魔法が当たってしまう。弁解する訳じゃないけど、別にわざと当ててるわけじゃない。そもそもこの協力攻撃自体に無理があるんだ。
 僕の魔法属性は風。風魔法は範囲攻撃が基本だ。形は円。魔法は敵全体に当てろと言われてるから、そうなるように範囲を広げれば前衛二人が巻き込まれるのは当然だ。回復はしてやってるし、当たりたくなきゃ避けてくれとしか言えない。
「……煩いな。君達が鈍いだけだろ。こっちだって、あまり魔力を無駄にしたくないんだけど」
 口から出てくるのはこんなセリフ。まあいつものことだ。フッチはともかく、サスケでも理解できるように説明するのは骨が折れるし……別にいいさ。べたべた懐かれるより、嫌な奴だと思われてる方がやりやすい。
 ただ、サスケは特にそういうのが気に食わないらしくて、すぐカッとなってつっかかってくる。昔の誰かみたいに。
「んだとおっ!? てっめえ、今日という今日は許さねーぞ!!」
「サスケ!!」
 鼻息荒く、止めようとするフッチの手を振り払って、サスケが懐に手を突っ込む。ホント、脳筋のガキはこれだからな……。また溜息をついて右手に魔力を集める。
「我が真なる風の紋章よ──」
「うわあああああぁぁぁ……!」
 サスケが手裏剣を取り出すより早く、一陣の風が巻き起こってそれをいずこかに連れ去っていった。やれやれ、これでやっと静かになった。
「……ル、ルック?」
 おずおずとフッチが僕の方を見る。別に飛ばさないから堂々としてなよ、とか、言ってやらないけど。
 そういえば、まだ回復してなかったっけ。思い出して僕はフッチに[癒しの風]をかけてやった。
「え……」
 ……そう驚いた顔をされると心外なんだけど。
「何? 君も飛ばされたい?」
「う、ううん。それは遠慮しとく。ありがとう……」
 つい先程まで擦り傷だった場所をさすりながら、落ち着かない様子でフッチはチラチラと後ろの方に目をやっている。眉をひそめて、気付いた。さっきサスケを飛ばした方角。
「あのさ……あれでいいの?」
 思った通り、フッチはそう聞いてきた。いいも悪いも、自分で飛ばしといて助けに行く気にはならないしな。ふん、と鼻を鳴らす。
「いい薬だと思うけど。どうせすぐ戻って来るし……心配なら探しに行けば」
 言い捨てて、僕はくるりとフッチに背を向けた。
 本当は、サスケよりこいつの方が少し苦手だ。礼儀正しくて、物分りが良くて、おまけに子供たちの中では優秀で。僕の人を突き放す言動にも慣れてしまったのか、変につっかかって来ない。弁えている、というか。あの山猿とは正反対だ。
 昔はあんなに生意気だったくせに、今じゃ非の打ち所がないってのはこのことだ。時々ひとりで暗い顔をしてることはあるけど、おおかた例の事件で心に傷を負ったままなんだろう。……仕方ない、と思うけど。
 ああ全く。扱いづらいな。らしくないけど、髪をぐしゃぐしゃに掻きむしりたい気分だ。
 僕の態度は冷たい。自覚してるさ。なのにこいつは何かと話しかけてきたりして、離れていってしまわないから。本当は優しいんだとかなんとか、何も知らないくせにふざけたこと言って。
 どうやって、どんな風に、接してやればいい。
「わっ!!」
 足元に白い影がよぎった。考え事をしていたせいで、避けようとした足並みが乱れる。ロッドを支えに、転ばずには済んだけど、無様によろめいてしまった。フッチの鋭い声が飛んだ。
「こらっ、ブライト! 周りをよく見なきゃダメだって、何度も言ってるじゃないか!」
「キュイイイィィ……」
 ……フッチの竜モドキか。練習が終わったと見るや、すっ飛んで来たんだろう。なんでそんなに低空飛行なんだよ……。文句を言ってやりたいが、こいつは構うと面倒だ。主人に叱られて項垂れるブライトを尻目に、さっさとその場を去ってしまおうと歩き出した。
「あっ、ルック……」
「キュイイイイイイイイン!!!」
 フッチの声も掻き消すほどの、仔竜の大声に思わず振り返ってしまった。呼び止められた……ような気がしたから。
「……何? 何か用?」
 仔竜は無邪気な顔でこちらを見上げている。ホントにこういうのは苦手なんだよな……。何考えてるのかわかるし、何度突き放しても寄って来るし。眉間に皺が寄っていく。こいつはお構いなしのようだけど。
「えーっと、あの……ルック、ブライトが遊んで欲しいみたいなんだけど……」
 申し訳なさそうに仔竜の頭を押さえてフッチが言った。その通り、とばかりに竜は頷いてみせる。きらきらした蒼い目が、熱い視線をぶつけてくる。
「……悪いけど」
 やめてくれ。そんな風に、僕に夢を見るのは。
「忙しいんだ。またにしてくれないかな?」
「キュウウウ…」
「ご、ごめん……ほらブライト、行くよ」
 フッチはブライトを抱え上げて行ってしまった。僕は、ふう、とひとつ息を吐いて、背中を見送った。
 急に辺りはしんとして、静けさは好ましいはずなのに、なんだろう、少し……
 ──……さみしい……?
 まさか。この呪われた身が、寂しいだなんて。そんな贅沢なことを思うはずがない。こんなところに突っ立ってないで、石版を磨きに行かなきゃな……。

 翌日。リオウが朝からサスケをパーティに入れて出ていったから今日の練習は中止だ。本当に協力攻撃させる気はあるのか?
 それはともかく、僕はまた石版を磨いていた。日課、というより、義務だし。
 思えば、水が入ったままのバケツを階段の手すりに置いてたのが悪かったのか。側面をもっとよく磨こうと、石版の横に回りこんだそのときだった。
 がらん、と重い金属の音がして、頭上に何か落ちてきた。がつん、ばしゃん。目の前が暗くなって、一瞬で僕はずぶ濡れになる。……頭が痛い。
 一体誰の仕業かと、頭に被さったバケツを除け、上を睨みつけた。目に飛び込んできたのは小さな白い竜。申し訳なさそうに頭を下げている。
「キュ。キュイイイ……」
「またお前か……」
 これがほかの誰かなら迷わず[切り裂き]を発動するんだけど、たかが仔竜一匹に本気になるのも阿呆らしい。ふう……あいつらのことになると溜息ばかりついてないか、僕。
 ばたばたと駆け寄って来る足音が聞こえたと思うと、程なく仔竜の主が階段の方から顔を出した。
「こ、こらブライト! 今また何か落とし……あ!! ルック、大丈夫!?」
「見ればわかるね……?」
 濡れた袖を絞りながら、努めて冷静に返事をした。
「ご、ごめん!! ルック、本っ当にごめんっ!! ブライトは僕からよく叱っておくからっ」
 素早くブライトを捕まえて、フッチが頭を下げる。当のブライトは主からの叱責が怖いのか、それとも本当に申し訳なく思っているのか、蒼い両目を伏せがちにしている。
 何故だろう、急にすうっと怒りが引いていった。
「……いいよ」
「え?」
 フッチが顔を上げた。驚いて、まん丸く見開かれた明るい鳶色の目。気恥ずかしくなって、ふいと顔を逸らす。
「……だから、いい。わざとやったんじゃないんだろうしさ……」
 ちらりと伺うと、ぱあっとフッチの表情が晴れてゆくのが見えた。
「あ、ありがとう! ほらブライトも、ちゃんと謝って」
「キュイイイ!」
 仔竜が勢い良く一礼する。吹き出しそうになって、あわてて顔を引き締めた。
 眩しいくらいの笑顔を見て思う。多分、フッチは大丈夫だ。傷は癒えきらなくても、新しい相棒と一緒に、先へ歩んでいけるはず。横から変に手を出さなくても、ブライトとなら、自然に。
 ちょうど良く帰ってきて、ずぶ濡れの醜態を笑ったサスケをまた吹き飛ばし、足早に自室へ向かった。まずは着替えないと体が冷える。早く風呂にも入りたいし。
 全く、災難だ。……でも、まあ……たまになら、あの仔竜と遊んでやってもいいのかもしれない。頭の片隅でそんなことを考えた。それくらいのことで、あいつが笑えるなら。

 

 

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@yasuhitoakitaさんと共作。

​ルックの日なのでルック視点。

​2011/06/09

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​第三話へ続く

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